詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

たか女綺譚

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【第11回】別の女の話(3)

2015.08.18 | 外山一機

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 それからしばらくして、三田村さんが社をお辞めになりました。何でも電車に轢かれて半身不随になられたとか…こう言っては申し訳ありませんが、元々風采のあがらない方でしたし、社にしてみれば体の良い首切りくらいのことでしたろうと思います。本当にお気の毒様でした。
 実は私もその頃矢張り退社させられまして、丁度近所に良さそうな相手もありましたので、それで家庭に入ることにしたんです。主人になった人は役人で、年は十三も上でしたけれど、私が若い分だけいくらか気に入ってくれているように見えました。結婚いたしましてから日中家を空けることができなくなりましたが、主人の帰宅の遅くなる日などは家の者に上手く言い含めてなみ子さんの所へいそいそと出かけておりました。
 その時分には根岸に住まいをしておりました。あの辺りは、昔は長閑なものでしたが、今はどうなのでしょうね…。俳句は夫のほうが先なんです。主人は、虚子先生と一度だけお話ししたことがあるというのが自慢でした。ええ『ホトトギス』の熱烈な読者でございましてね、明治の末の頃でしょうか、『ホトトギス』が立ち行かなくなりそうになったことがございまして、そのとき虚子先生が読者に購読の拡大を呼びかけたんです。主人はその頃からの購読者でして、子規先生が亡くなられたときも漱石が書かなくなったときも『ホトトギス』を見捨てなかったのは俺くらいのものだぞなんて、何かにつけずいぶん息巻いておりました。…俳句ですか、私が見ましても決して上手と言えるものではございませんでしたわね。仲間と一緒に愚陀愚陀会という句会をやっておりましたから、昔の『ホトトギス』の句会記事あたりを見れば、ひょっと名前があるかもしれません。
 ある夜のことでした、その日も愚陀愚陀会の仲間と花合戦などしておりましたが、そこにわたくしも交じっておりましたら、山中さんという方が話の合間に、ふと
「ところで、君の細君は俳句はやらないのかね」
とおっしゃったんです。
「いいや、やらんね。第一この通り子供子供してますからな…俳句なぞ、十年早いです」
 主人は年が違うせいか、私にはひどく傲慢なところがありました。私は内心面白くありませんでしたから、
「あら知ってますわよ、学校にいた時分に教わりましたもの。朝顔に釣瓶とられて、とか何とかいうのでしょう」
と口を尖らせますと
「ふん、せいぜいそのくらいのものさ」
「あはは、結構結構」
 山中さんがお笑いになったので、私はむきになった自分が急に恥ずかしくなりました。
「千代尼を知っているなんぞ粋じゃないか。何かというと低給を攻撃する僕の妻とはえらい違いだぜ」
「しかし、虚子先生や零余子先生とこに比べたら、まるでまるで…」
「ははは、そりゃ比べる方が間違ってるのさ。第一、細君がかな女なら君は零余子でなけりゃいけないぜ」
 そう言われると主人はぐうの音もでないようでございました。私は虚子も零余子もかな女も知りませんでしたが、山中さんの侮るような言葉に小さな反発を覚えました。はしたない様ですけれど、それから私は主人の本棚に俳句の書物を探っては盗み読むようになったのです。ええ、もう悔しさの一念です。三田村さんが三田村草干という名の俳人であると知るまで、それから時間はかかりませんでした。
 
沖つ世に野鼠走る柿の花         たか女
麻痺(しび)れには松虫草がききませう
鶉籠和歌に家集のありにけり
 


2015.8.18

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