詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

たか女綺譚

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【第15回】たか女の話(7)

2015.09.15 | 外山一機

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 あなたも俳句をなさるのでしょう?…そうですか、あの先生はお上手ですものね。
 俳壇は不思議な所でございます。草干の妻であるというだけで、人はあっという間にわたくしを『風知草』の幹部に仕立ててしまうのでございました。それでわたくしは新しく設けられた女向けの投句欄の選をしておりました。と申しましても、他人様の句を選ぶことなど初めてのことでございましたし、またわたくしの力不足も重々承知しておりましたので、もう何が何やら、てんからわからないのでございます。が風知草の方々にしてみれば、何より目次にわたくしの名が出ているということが大事だということでございましたのでどうかこうかしがみついておりました。
 火事の後ですか、それはもう辛うございました。がちょうどその時分かな女様のお宅も火事に遭われたのです。それで浦和にお移りになったということでしたが、わたくしも後を追うように浦和へ移ってまいりました。俳句もいくらか作りました。いえ、作らされていたと申しましたほうが正しいようでございます。もう今度こそ俳句はやるまいと自らに誓ったのですが、『風知草』で選者を務めるようになりましてから次第次第に句会に呼ばれることが多くなったので、わたくしもお付き合い程度には句を出すようになったのです。すると皆様驚きまして…わたくしの句が草干晩年の作風とまるで同じだというのです。
 それにしても人間の口ほど怖ろしいものはございません。いつしかわたくしは草干の良妻だ後継だなぞ言われるようになっておりました。が考えてみれば妙なものでございます、わたくしはただわたくしの句を作っていたまでなのです。わたくしが三田村たか女として皆様のお目を汚すようになりましたのは実にこのころからなのです。
 句会には必ず息子の智を連れて参りました。あの火事がありましてから家に誰かを残しておくのが怖くてなりませんので…。あのころの『風知草』を読みますと、わたくしが智をおぶって句会にやってくるのが、草干の形見を大事そうに抱えているようにでも皆様には見えたようで、何か美談のように書かれておりますので、恥ずかしくもあり、またどこか皆様を騙してしまったような、いけない心持ちになります。が一方では、智が庭で遊んでいたの、お腹が空いて泣いてしまっただのと書かれているのを拝見しますと、しみじみと昔が懐かしく思い出されるのです。本当に、智がすべてでございました。
 いったいわたくしは、その日その日をぼやぼやと過ごすばかりで、生きておりますやら、果たして冥府にでも浮ぶようなことになっておりますのやら、とんと得体も知れぬのでございました。その頃は、他人様の句会にお呼びいただくとか、またわたくしの家でも句会をするようなことが多くなりました。がこれとて、もとよりわたくしの才覚によるのではございません、ただわたくしが選者の端くれだった故でございます。ですから宅で句会をするなどといいましても、事実はすべて人にお任せしていたのです。当時わたくしの家に出入りしておりました青年がありまして、その方に仕切っていただくことがしばしばでございました。『草風』を出すことになった時の発起人の第一もその方でございます。『草風』を始めたときの顛末はいろいろに言われたようで、すでにご案内のこととも思います。がわたくしにとりましては、『草風』はただただ、ごくささやかな慰みなのでございました。
 …それから?いえ、私のお話はこれで仕舞いでございます。本当も嘘もございません。
ああ、思えばわたくしは始終、どなたかの背中を追っていたような気がいたします。寂しいのは、あるいはそれ故なのでしょうか…いいえそもそも、わたくしはどなたを追いかけていたのでしょうか…。
 
鳥籠に蝶々結びの紐残る     たか女
ことわざの衰へゆくや楡の花
古き日の積木遊びに鳥が来る

 

2015.9.15

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