【第14回】別の女の話(6) | マイナビブックス

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たか女綺譚

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【第14回】別の女の話(6)

2015.09.08 | 外山一機

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 たか女さんからお手紙が届いたのはその直後でした。そこには、草干が憎い、草干を殺してくださいませと、まるで子供のような事ばかり書いてあるんです。もちろん驚きましたが、なみ子さんのこともありましたのでまんざら嘘でもないように思いました。けれども、きっと気の迷いだろうくらいに思いましてそのときはうやむやにお返事をしたのです。すると次のお手紙にも、矢張り草干が憎い草干が憎いと書いてあるのです。私はぎょっといたしましたが、それよりも不気味でしたのは、某月某日の昼の間しばらく家を草干だけにするよう図っておきます故必ず我が家に火をつけてくださいと、かなり詳しく書かれていたことでした。
 指定された日はそれからほんの数日後でしたから、お返事をする暇さえありません。それにたとえ時間があったところで、生来臆病者の私にはどうお返事してよいやらわかりません、私はただうろうろとしているだけでした。
 とうとうその日がやってまいりました。風のない日で、結局決心のつかぬままでしたが、とりあえず日本橋のお宅へ伺うことにいたしました。お家は見つかったものの、どうしたらよいかわかりません。そこへ、向こうからなみ子さんがやって来るのが見えたのです。私は思わず身を隠しました。案の定、なみ子さんはたか女の家に入っていきました。すると意外なことに、それまでぼんやりとしていた私の胸のうちに、むらむらとしたものがつき上げてくるのです。それでたか女さんの心の内がいくらか知れたのでした。もっともその時の私はそんなことを考える頭はございません、ただ草干が嫉ましくて仕方がなかったのです。気がつくと私は家の裏側に忍び込んでおりました。
 お母様がご在宅だったことは存じませんでした。私の言えた事ではありませんが、あれは全くの事故でございました。当初の計画ではたか女さんはお母様を連れて浦和に行くはずだったそうです。けれども、あの日、どうしても家に残るといって聞かなかったのだそうです。それでやむなく家において行ったのだと、後にたか女さんからうかがいました。
私がたか女さんの家を立ち去るとき、ふいに障子が開いて、どなたか出てくるのが見えました。それはたしかになみ子さんでした。私は隠れることもできず、ただその場に立ちつくしておりました。なみ子さんは私に気づいたようでした。流石に吃驚したようでしたが、やっぱりくすくすと笑って、また部屋に戻ったようでした。私はようやく我に返りましたけれども、どうしたらよいものやらまるでわからず、とにかく無我夢中で逃げ帰るのに精一杯でした。
 
かまきりの腹やはらかし姉の留守   たか女
火の中に夜濯ぎの姉見てゐたり
頬肉といふせつなき名前日脚伸ぶ
 

2015.9.8