詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

たか女綺譚

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【第7回】たか女の話(7)

2015.07.21 | 外山一機

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 それからはしばしばなみ子様のお宅にうかがうようになりました。昼食の後、草干が居眠りを始めますと直ぐに身支度をして出かけて行くのです。俳句もその頃から再び作るようになりました。といいますのも、ある折なみ子様にわたくしが俳句を作っていたことを話しますと是非読みたいとおっしゃったのです。それからわたくしはいくつか選ってお持ちしたのですが、それをご覧になるとなみ子様は
「素敵ね。ご主人は何て」
「いえ、実は主人の手直しを受けたんですの」
 わたくしがそう申しますと
「じゃあ今度はお手直しを受ける前にお見せくださらない?」
とおっしゃるのです。私は気がすすみませんでしたが、何となくお引き受けしてしまいました。で久しぶりに作りました句を別の日に持ってゆきますと、何も言わずにその紙をお仕舞いになってしまうのです。それからは炊事や針仕事の合間を縫うようにそれこそ必死に句作いたしました。主人は相変わらず食事を取るときと寝るとき以外は原稿用紙に向かうか、『風知草』の方々と難しい打ち合わせをするという生活を続けておりました。どうかお察しくださいませ、結婚して一年経つか経たないかのうちに草干はわたくしに目もくれず季題がどうの「や」「かな」がどうのとばかり呟いているのでございます。
 冬の初めのある日、私がなみ子さんのお宅から帰ってまいりますと、主人の寝ている座敷のほうから何やら話し声がするのでございます。襖の向こうで耳をそばだてておりますと、どうやら『風知草』の方がいらっしゃっているようでした。何ですか、草干の句を頻りに褒めているようでございました。が妙なことに、その人が褒める草干の句というのは、皆わたくしがなみ子様にさしあげた句なのでございます。わたくしは草干となみ子様が密かに関係を持っていたことにその時になってようやく気がつきました。思えばこのところ昼寝から覚めるたびに私が家を留守にしているのに草干が何も言わなかったのは、草干も同じ穴の貉だった故でございましょう。わたくしは身体が震えるのを必死にこらえました。ややあってお帰りになられたので、草干にこのことを問い質しますと、草干はあっさり白状いたしました。あんまりとぼけた様子にわたくしは拍子抜けいたしましたが、草干はさらに、このところのお前の句は良い、先にはいかにも娘らしい感情を詠うばかりだったが、ここのところは艶やかさと凄みが加わってきたような気がするなどと言うのです。
「なみ子さんはなぜあなたに句をお見せになったんです」
「いや、初めなみ子さんは興味本位でお前に句作させていたんだ。そのうちに俺に見せたんだが、これもやっぱり気紛れだろう。でもお前がなみ子さんに渡したという句を初めて見たとき、今までとあんまり違うものだから驚いてね…何とか発表してやりたい、だが事情が事情だけに、お前の名で出すわけにもいかなかったから、俺の名で出したのだ。ずるいようだが、俺はこの身体になってから他人の句の選句や評論ばかりで句作のほうはすっかりお留守になっていたし丁度良かったんだ。風知草の連中には俺が電車にはねられてから作風を変えたように見えるんだろう、怪我の功名だとか言って持て囃しているよ」
 そう言って、悪びれるどころか、これからもよろしくなどと言い出す始末でございます。わたくしは余程張り倒そうかと思いました、が主人の名で句を発表するのは何か主人を操っているようで、また世間の皆様を騙しているようで何となく面白く感ぜられましたので、今度は自分からこの企てに飛び込んだのでございます。無論罪悪感もありましたが、皆様に句をお読みいただける嬉しさと、俳句を口実にすれば心おきなくなみ子様との逢瀬を楽しむことのできる喜びとは、何事にも換えがたいのでした。
 この不思議な関係はその年が明けても続いておりました。その頃には、なみ子様が我が家に来られた時にはわたくしが席を外し、私がなみ子様とお会いする時はわたくしがなみ子様のお宅にうかがうという了解が何となく出来上がっておりました。またその頃はわたくしも『風知草』を欠かさず読むようになっておりました。そうして巻頭に三田村草干の名でわたくしの句が載りまたそれらの句が俳人の誰彼によって絶賛されるのを見るにつけ、何ともいえぬ快感に身をよじらせるのでございました。
 
床の間に昼の葡萄を提げておく  たか女
塩舐めて九月の蝶となりにけり
醤油樽倒れてゐるや秋の潮

 

2015.7.21

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