【第7回】日録(7) | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

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【第7回】日録(7)

2015.07.24 | 森川雅美

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脳の内側を流れくだる水脈は枝分かれし
やがて溢れだす誤報として散り散りになる
まだ語られていないいくつかの出来事の
わずかな綻びが連なっていき問われるまま
ひとつの小さな軟体動物が生まれ落ちる
とても静かな午後だから
ゆっくり水分が体の中心まで沁みわたり
誰かの空の白に佇むために歩きだす足先の
海原の境目が何度も陽光に曝されながら
遠景の歪みになるまでに誰かの声が消える
闇にまぎれて霞んでいくふるえる後姿が
とても静かな午後だから
ぎりぎりの足場の均衡する震える風向きが
見えなくなるすぐ目の前の明暗にくらみ
毎日の繰り返しに膿みいく古い傷口が痛み
いとも易く哀しみが踏みにじられていく
また日がな一日忘れられた穢れが沁みいる
とても静かな午後だから
誰かが誰かと向き合っている刹那の口元に
緊張が張りつめ一言も呟くことなく握る
こぶしの内側で日日は欺かれたままに過ぎ
携帯する警告するささやかな陽だまりに
ひとりひとりの魂が静かにくべられていく
とても静かな午後だから
ひとつの小さな軟体動物が生まれ落ちる
壊れたおとがいが誰もいない街角に転がり
閑もれる風向きに立ちつづける人の影の
傷口はいつになっても癒えずに痛みつづけ
不明の手のひらが掠れた音とともに開く
とても静かな午後だから
夢の狭間で懐かしい人たちの声が聞こえ
さらに深くさ迷う荒れ果てた道のりを辿り
誰かによわる足の首を今も包まれていて
突然の発光が眼の奥底まで満ち溢れていく
よろめくままの歩行を少しずつ引きずり
 

2015.7.24