【第14回】日録(14) | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

日録

日録

【第14回】日録(14)

2015.09.11 | 森川雅美

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


まだ見えない私たちの明日を仮に小さな微笑と名付けてみる
開かない扉にわずかな水滴が流れるなら光の移動もあるのだと
誰かの胸もとを流れ落ちる汗の一粒もありまたその一瞬の
交差する風向きがもっとかすかな震えになるまでのあいまに
幾つかの軌跡を追いながらゆっくり触れあうてのひらの
もう疲れてしまった足取りを仮に太陽の泉と名付けてみる
干からびる地面の内にも生きるものたちが蠢いていて
乱雑な鼓動を保ちつづける午後の陽射しの中で崩れいく
高くそびえる背骨の幻の影が何度もくり返しかすれ
深くめり込んだまま塞がれる忘れられた記憶の切岸に
はや移ろう後の姿を仮に手の触りと名付けてみる
突然の曇天に丸まる大粒の雨がいくつもこぼれ落ち
肌に沁みいるやや温む冷たさに見上げる姿勢で
貫く高台からの開ける視野にささやく口の輪郭の
ゆっくり研ぎすます潜在だから静まるはしを
ただ戻らぬ先端を仮に失われた髪と名付けてみる
不明のままに散りじりになる感情が隅で泡立ち
呼ばれる方角から少しずつ綻びる小枝の先に留まり
きらびやかな外装の内側は確実に腐敗が進みゆき
跳ねあがるバラバラにされた証をまだとり集めながら
やや傾斜する細道を仮に最後の軸足と名付けてみる
もろもろの光の沢を和毛に宿し地面の起伏に伸びつづけ
くぐる息づきに背後からうながされ片側だけよろめく
一日の切り口が静かにうずく曲がり角のきざす弧の位置で
掴むもろもろの手首は懐かしい温もりであり痛みであり
よく噛む丈夫な顎を仮に肥沃な大地に開く花と名付けてみる
這いつづけるしかない原初の姿に例えられる日日の眠りに
悲しいまでの流浪の始まり今日までの太陽がもろく暮れていく
まだ見えない私たちの明日の隆起する感情がもう一度現れて
 
 

2015.9.11