【第6回】学校の記憶 | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

草の立つ山

草の立つ山

【第6回】学校の記憶

2015.07.18 | なみの亜子

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 集落のふところにいだかれるようにして、小学校が建っている。山の中腹のわが家のほぼ真下。家の窓から軒下から、校庭で遊ぶ子どもたちの様子がよく見える。その眺めが決め手の一つにもなって移ってきたのだった。
 朝は早くから先生たちの車が登ってきて、一日が始まる。校門の滑車のすべる音が山間に響く。にわかに山が息づく。集落の下のタイヤ屋さん前に止まったバスから、黄色い帽子の子どもたちが息をはずませ登ってくる。おはようございまーす、ボールボールぽーんぽぽん、声またわーっと声。チャイムが鳴って静まって、休み時間にはまた声、ボール。お昼前には保冷トラックが校舎の裏に着いて、給食が作られ始める。やがて音楽と放送部のお昼のおしゃべり。食べたらまたまたボール、追いかけっこ。
 夏には集落の人が行き来する細い車道を手をあげて渡り、高田のばあちゃんちの横にあるプールで泳ぐ。水音と歓声が山の上へとこだまする。春や秋にはプールの隣に借りてる畑で、農作物を収穫する。重たーと口々に言いながら、もこもこした袋を一生懸命学校へと運ぶ。生徒数はとても少ない。少子化もあるのだろうが、とうに過疎化が進み小さな子どものいる家庭が減っている。日頃その姿を見ることがまずない山間に、子どもたちの賑わいはまるで泉。山の襞までみずみずとしたものが通っていく。
 だけど。楽しませてもらった日々は短かった。やがて市町村合併を機に閉校になった。今は週一回のお年寄りのグランドゴルフ場、ときどき体育館でのバレー、卓球、集落に帰省した孫たちのキャッチボール場、しばしばわが犬二頭のドッグラン。あとは校舎に巣を作った燕や、砂場をトイレにする野良猫が自由気ままに出入りする。テラスで育てられていた花のポットは、いつか雑草に占領されてしまった。校庭の方の草は、のびる前にチーム・グランドゴルフが除草剤を撒く。薬剤が効いてくると校庭いちめん枯れ色だ。旗揚げポールに山の風が吹く。金具が揺れてポールにぶつかる。かかん、と静か。犬とボールで遊んでいたって、ひゅうっと侘しくなってしまう。
 一度だけ、学校が学校に戻った短い日々があった。四年前、紀伊半島を襲った台風十二号による土砂災害が、もう少し奥の集落に甚大な被害をもたらした。被災地域の保育園児から中学生までが、ここを仮校舎としてしばし通った。校長先生は授業中いつも花壇やポットで作業していた。たくさんのチューリップが咲いた。校庭には再びボールの音がして、棒きれで描かれた落書きの上を跳ねた。運動会には仮設住宅からも大勢集まり、全校リレーに大声援がとんだ。ここよりさらに標高の高い集落の、山の子どもばかり。よく駈けてよく遊んだ。そのうちにそろって別の学校へ移ることになった。
 水色のじょうろ。サッカーボール。放送室の窓辺のマイク。全部そのままで、からっぽ。ここに通った子どもたちに学校の記憶はどう在るのだろう。大人になってどんなふうに思い出すのだろう。山は年々老いと静けさを増す。ふところのあたりに枯れ色の広場。道をはさんで、畑の間に濃緑の蔦におおい尽くされた、よく見れば水のないプール。むかしそこは学校だった。

 

2015.7.17