詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

草の立つ山

草の立つ山

【第13回】草花の名

2015.09.05 | なみの亜子

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 夜のうちに降った雨で土も草も濡れている。みずみずと照る朝の山の草っぱら。ツユクサの花がひときわ美しい。この青いろと寡黙な花びらが大好き。真ん中の黄の小花と、その佇まいからは意外なほど生命力を感じさせる茎や葉も。摘めばたちまち花を閉じる。摘まずに指先でそっと、花や葉に載ったしずくを落とす。しずくも青い。「露草」の名がぴったり。一説には、「着草(ツキクサ)」という古い言葉から来ているとか。この青を着衣の染色に使った、ということだろうか。むかしの人も好んだ、特別な青。
 犬と山や谷を歩くようになって、これまで存在に気づくことさえなかった草花を知った。犬は道々止まっては、草に土に鼻を突っ込む。そこにはきっと、この草なに?あの花なんやろ?という出会いがある。初めて見て、かわゆい、と思ったものにミズヒキの花。ながく細い花茎に、赤い小花をつぶつぶつぶつぶと咲かせる。微小ながら、ひし形の花のひとつひとつは立派な仕上がり。上っかわが赤く下っかわが白。それで紅白の「水引」というわけか。濃緑の繁りゆたかな葉の間から、いっこいっこ灯る花火をつけて花茎をのばし、すこしの風にもふんふん揺れて。犬がその辺りに突入して出て来たら、背中いっぱいに赤い花火がのっかってる。散らしてごめん。樹林の下草のなかや山道のふち。この季節にはきっと出会える。
 ヤマホタルブクロは、花びらがまろやかな袋のかたちで下を向く。ベルのようなアールデコ調のランプのような。薄い薄い花びらが優雅な曲線をつくり、奥の方に何かを入れてたり大事に置いてたりするように見える。その風情がいい。色彩には微妙な野性味があり素朴さが際立つ。「蛍袋」って、蛍の側の呼び名なのか人がこの花を蛍狩りに使ったのか。知るよしもないけど、姿と名と花の咲く季節とがごく自然に結びついていて、記憶の襞にすんなり入る。草花には、その姿や形状を絶妙に比喩している名が多い。覚えようとしなくたって、しっかり見て名を知れば忘れられない。草にこんな名をつけてきた人の観察力と比喩力、その根っこにある草花への親しみの心を思う。それを含めて鑑賞するからか、ふくよかな気持ちにもなるのだ。
 蔦には草刈りで苦労する。つい憎々しげに、このヘクソカズラめ、などと言ってしまうが、別名が「ヤイトバナ」と知るとちょっと見方が変わる。今が盛りの小さな白い花。内側にヒトデのような、〈よくできました〉と捺すスタンプのようなかたちの赤。これがお灸=ヤイトの跡というわけ。漢字で「灸花」となるとお線香の香りがしてきて、ボロカス言うたったらあかん気になる。また子どもの頃は確か、ヒッツキグサと言ってた草。萩の仲間で、ピンクの花を咲かせた後の実がやたらと服にひっつく。潰れたハートみたいな豆状の袋に、細かな毛がびっしり。これがマジックテープもどきの粘着力を発揮する。「盗人萩」ともいうそのワケは、この実の形が盗人の足跡に似ているからだという。音をたてずに抜き足差し足…すると足跡はこうなるんか。なんか感心する。
 素朴で人間くさくてよく馴染む草花の名。そうやって人は草いっこいっこに個別のものとして名をつけ覚え、付き合いや親しみを深めてきた。あんまりおしっこかけたらあかんよ、犬よ。ちょっとしょんぼりしてしまう草花。
 


2015.9.5

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