【第5回】日録(5) | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

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【第5回】日録(5)

2015.07.10 | 森川雅美

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ぼくたちはひとつの小さな地獄で
日常は互い違いに歯が抜けたまま
佇んでいる右足首ならばいく筋も
亀裂がはしりもう立てないほどの
ちがう段差が少しだけ光を集めて
よろめく足もとの石になり微かな声で囁きつづけるならばくり返す
ぼくたちはみなが少しずつ一番の中心から朽ちて壊れていく端端の
漂うままに眩かった青空は失われより遠い方向に歪んでいく陽射の
果てしもなくつづく道のりだからだらしなく寝そべったまま縮んで
知らない名前になる静かな早朝の見えない目に追われながら再びの
ぼくたちはひとつの小さな地獄で
吹きさらしの野次に焼かれつづけ
騒音は耳の奥で絶えずくり返され
重さがなくなる一日ごとの感触に
誰にも顧みられない形に石化して
削られていくのは私やあなただけではなく背骨の空洞をただ流さ
れる脊髄からきしみながら蔦が末梢神経を臓器を細胞を崩しさら
に皮膚を破って伸びていき絡まっていきはびこっていき吸着し締め
つけ圧迫しだぼだぼしががして見えてくるのはただひとつの移ろう
力なのだから目の裏側のたぶん死後とも比喩されるあったであろう
先端の一種の火花にも似たふくよかなきらきらが流れていきより胃
壁の毛細血管の古い脳の北関東平野の少し痛む腸内微生物の黴麹の
安定多数の旅する脚の生き急ぎのぶぶのぎぎの先の先までもっと美
味しくなるまでの起伏がしゅうまつであるのと共に目視し関係され
る滂沱される訪れされる弥陀される警鐘される排斥される萌される
ぼくたちはひとつの小さな地獄で
気が付つけば行き過ぎる人が増え
連日の収支は合うことのないまま
互いの眼の内のよりふかくに映り
不自然に体が見えなくなるまでの
長く感じる一日に奇妙にまばゆく一人一人が少しずつ埋もれていく
まますでに会えなくなる急速に老いていく始まりからの問いかけの
欠片でしかない決まりに縛られてなぞらえていく傷口がひどく痛み
靴の底はより縮んでいき記憶され追われていき見つけ出せなくなる
人のやや歪んだ後姿は留まらずちがう方角へとばらばらに散る
ぼくたちはひとつの小さな地獄で
微笑んでいる人が遠くにたたずみ
いつか見慣れていた顔だと思い
後から奇妙な発音の声が聞こえ
断面が現れるとすぐに暗くなる
 

2015.7.10