【第4回】草を刈る | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

草の立つ山

草の立つ山

【第4回】草を刈る

2015.07.04 | なみの亜子

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 入梅とともに、草は日に日に深くなる。ひめじょおん、あれちのぎく、葱坊主みたいなりっぱなことになってる野蒜、せいたかあわだち草、薄、いたどり、蛍袋、野あざみ…といったのっぽの草の下に、クローバー、たんぽぽ、へくそかずら、つゆくさ、なずな、かやつり草、どくだみ、やえむぐら、かたばみ、からすのえんどう、へびいちご等々の小さくて頑丈な草が土を覆う。フェンスや石垣にはアケビやらなんやら、さまざまな蔓もんがいきいきと這い上がりゆく。草刈りシーズン到来。ちょっとげっそり。もう刈らなもう刈らな…の繰り返しで焦燥と疲労感の深まるシーズンでもある。
 もとは富有柿の畑だった敷地。西向きの山の斜面およそ1000坪の土地に数十本の柿の木が植わっていたそうだが、来た時には一本残らず伐採されていた。木陰のない急な山の斜面ばかりを下から上へ、ひたすら刈り登っていく。ひと夏に四周。年々上手くはなるが身体はきつくなっている。
 草たちのもう刈らなラインを睨みつつ、天気予報や体調を分析(?)。今日から刈り出すことにする。早朝ちゃっちゃっと犬の散歩をすませ、白飯をがっつり、佃煮や漬けもんで食う。お茶やコーヒーを多めにいれて冷やしておく。上下長袖長ズボン。裾は靴下や手袋のなかにしまって極力肌の露出を避ける。黒色厳禁。虻や蜂に狙われるのだ。日焼け止めに虫除けスプレー。タオルと帽子を組み合わせ口鼻を覆う。決して街場をうろつくな…といういでたち。外へ出て、チップソーを装着したスティール社製の刈り払い機に混合ガソリンを給油しつつ、携帯ケースに森林作業用の強力な虫除け線香を灯してセット。あと、このへんの人は地下足袋に鋲やスパイクをつけて履く。それだけ傾斜がきつく滑りやすいのだが、私はゴム長靴の底のギザギザ多め、でふんばる。滑り落ちたら草につかまって這い上がる。
 さあ、よっこらしょい。刈り払い機を抱え、線香の煙とともに一歩一歩、敷地の一番下へ降りていく。境界を示す杭を草のなかに確認。エンジンスタート。ギアをハイにして景気をつける。刃を右上へ振り上げて振り下ろしながら斜面の草を刈り降ろす。土のおもてが見え草の香が立つ。たちまち無心になる。たちまち汗まみれになる。ぶよや蚊が、唯一出ている眼の黒眼に柱になって集まる。たまらず犬の真似して頭をぶんぶんしてみる。ふいに普段はしまい込まれている記憶や感情が、脈略もなく出てきては胸にとどまる。あの時ごめんかったね。とか。泣いて降りたんどこの駅の階段やっけ。とか。ほぼ崖や足場が確保できない所は、膝立ちやヨガの英雄のポーズで刈る。なんの修行や。えいえい。うんしょ。汗でいろんなもんが流れ落ちてきて目が痛い。タンクのガソリンが切れそうなところで、一回休む。また給油して刈ったら、今日はこれくらいにしといたる。敷地の何分の一か、あと何日かかるやら。
 私の跡を草が束になって倒れ伏す。蛍袋の白い花が風に吹かれて、浮いているようだ。山桃がみどり色の実をつけ始めた。赤黒くなったら摘んでまたジャムを作ろう。こむらがえりを起こしかけている足を持ち上げ持ち上げ、家を目指す。私の身体じゅうに刈った草のかけらや切れ端がくっついてきて、そのままいっしょに家へと入る。駆け寄ってきた犬にも小さな草が飛ぶ。

 

2015.7.4