【第15回】豪雨を仕掛ける(福間健二) | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

POETRY FOR YOU 2

POETRY FOR YOU 2

【第15回】豪雨を仕掛ける(福間健二)

2015.09.14 | 福間健二+文月悠光

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 
 音楽がやんだ。これからどうしよう。吉村さんは安恵さんのところに帰った方がいいですよ。告白しちゃうとぼくは安恵さんが大好きです。安恵さんのショートパンツ姿を見るたびにクラッとしていたんですよ。不幸な作品を助けるのはほどほどにして、安恵さんを大事にしてくださいね。あとはぼくがやります。ひとりで大丈夫かな。彼女に電話します。男たちはだれも頼りになりません。おれもおまえも男だったな。だからだめなんじゃないですか。いま、男を見に来る観客はいませんよ。笑いながら二人の演じる男は別れた。そして、その三日後、売れない役者を廃業して現実の裏の闇に生きる決意をした彼は、どんよりとした空の下の、都心の人ごみのなかにいた。三階から上がシネマコンプレックスになっているビルの地下の喫茶室で、彼は彼女に会うはずだった。地下鉄の駅からそのビルまでは五百メートルほどだが、道にあふれる人々の肩や背にじゃまされて、のろのろと進むことしかできない。約束の時刻は午後二時。余裕をもって間に合うはずだったのに、あと五、六分しかない。動かないわけではない。前には進んでいるが、自分の力で歩いているというよりもうしろから来る力に押されている気がしてきた。しかたない。これはこれで不快じゃない。最近はラッシュアワーの電車にも乗っていない。押されるのに身をまかせた。そして突然、彼女の、ブラウスの上からでもわかる、かたちのいい胸が彼の横にあらわれた。ちょうど午後二時だ。あの喫茶室、満員で、入れなかったの。別のところに行こう。並んで進みながら、彼女はそう言った。武闘家でもダンサーでもある彼女は、この混雑のなかでも軽快なフットワークだ。彼女に引きずられるようにして群集の外に出て、信号を無視して通りを渡った。いつか映画の中で演じたように神の手に動かされている。一瞬、そう感じた。ちがう。右目と左目、片目ずつで見た世界のずれを利用しているだけよ。きょう、わたしはフーミン。マリアでもユキでもフリーダでもない。ほら、上から下まで全部、自然素材。中身はそうじゃないところもあるけど。雨のなか、水の王冠を踏みしだいて駆け抜けることができる、かな。なにかを思い出したように笑うフーミンと彼は、神社のとなりの小さな公園に出た。ベンチがあって、煙草をすえる場所もある。二人とも座らずに煙草を出して火をつけた。フーミンが煙草をすいながら言う。何の用なのか、あててみましょうか。あいつでしょう。もう調べたよ。あいつの、きょうの行動予定。彼は驚いた。きょう、やるのか。自分の方から電話して会うことにしたのに、そこまで心の用意ができていなかった。嵐、来るのかな。彼はきょうの天気予報を思い出した。来なくても、とフーミンが言う。わたしたちが豪雨を仕掛ける。わたしはその覚悟ができている。その覚悟からもう熱い雨が噴きだしていた。

 

2015.9.14