【第14回】水の王冠(文月悠光) | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

POETRY FOR YOU 2

POETRY FOR YOU 2

【第14回】水の王冠(文月悠光)

2015.09.07 | 福間健二+文月悠光

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 
きみは豪雨を運びなさい。
雷鳴のように
この瞬間をよろこびたいの。
きみに絡めた腕が、
雨粒の風に湿っていく。
手先に空気が混み合っている。
 
神の手は運命そのものだ。
指を動かすたびに
誰かの息を止め、誰かを転ばせてしまう。
人をあやつる、気の毒な神の手を
どうか恐れずにつかみ取ってくれぬか。
雲のガーゼで覆い隠して、
熱い雨で洗い上げてくれないか。
 
弾丸のようにしか語れないことがある。
雨の奇襲に打たれながら、
きみの声をチューニングしている。
地面が生き生きと跳ねて、
水の王冠がいちめんにまぶしい夜、
わたしたちは「おやすみ」を言うのだ。
おやすみ、ふるえるまぶた。
右目をつぶって
右目を開けたら、次は左目。
世界のずれを差し出しなさい。
それを
神の手が即座に正す。
 
停電の今夜、
光もろとも心中したい。
胸に射した光もいつかは影を生むのだから
尖った先をきみに向けておきたい。
それを暴力だっていうんなら
かがやく傘の骨を振りかざそうか。
ふたりは飛び出しナイフのごとく
雨のなかを駆け抜ける。
シャラシャラシャラと
水の王冠、踏みしだく。
いつだって
帰らないつもりで家を出るのよ。
 

2015.9.7