詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

とうめいなおどり

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【第9回】ヒュパティアの貝

2015.08.06 | 三上その子

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口がない
幾度も生まれて
かつて持ったことがない
くち
くちびる
縫われた口よ
夜を数えて
昼の畑に歌を捨てた
 
誰かが貝を研いでいる
丘のうえ
夕暮れて
浜から拾ってきたものを
いま
獲ってきたように
 
口をひらいて
いいことはない
ヒュパティア
古代 アレクサンドリアで
宇宙(そら)の星と哲学と
数学をおしえた女性
あなたは屠られた
男たちに
 
牡蠣の貝殻で
少しずつ肉を
削り取られて
 
見ること
記すこと
黙すこと
一六〇〇年後の眼のために
 
いいことはない
女が世界を知ることは
ほとんど
自慰に近いのだから
 
男は怒り
貝を研ぐ
すべては性欲にもとる
世界に歌はいらない と
 
ヒュパティアは
恥ずかしい
命を惜しんでいることを
隠せなかった
世界を愛していることを
どうしても
喉には歌があふれることを
 
死の馬車に乗った
あの朝も
 
碁盤目の道を
まっすぐに
風のようにいくら駆けても

誰かが貝を研いでいる
 
夕まぐれ
流しにまるい灯をともす
牡蠣の身にあなたの生を
殻にあなたの死を
視る
 


2015.8.6

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