詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

やねとふね

やねとふね

【第9回】アーキテクト

2014.07.11 | 河野聡子

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この国に来た観光客が最初に驚くのは
空間のあらゆる方向へ広がるやねとふねの絶景ではなく
地図と本である

観光案内所へ行くか、街角の書店に入ってもいい
地図をください
ほんものの地図を
新しいガイドブックも

あなたに渡されるのは、美しい模様をきざまれた
手まりそっくりのちいさな球だ。
手のひらにのせた途端、からまる細い糸のやわらかなかたまりとなる
あなたが知りたいことがらは、糸と糸のあいだを動かし
上を下に右を左にする操作によって、あなたにインストールされる。
からまりと結び目が維持していた街路、文字、ランドマークは
ほどけて消えた糸と同時にあなたの中へ刷りこまれ
あなた自身もどこかへ拡散する
あなたはインストールし、すでにそれを知った存在として
この国にインストールされる。

糸をほどく能力は、この国で暮らしていくために絶対に必要だ
暮らすこと。
ひとつのやねのしたからべつのやねのしたへ出かけ、
誰かと話し、仕事をすること。
息をするのと同じくらい大切だが、
糸をほどくことに夢中になりすぎない技術も学ばなければならない
あなたが歩きながら糸をほどくことは禁止されていないが
事故による死はいつも道端で起きるのだ
歩きながらの糸ほどきには注意してください

地図と本を手に入れたら、次こそはこの国の絶景に驚くときだ
ここからみえる地平線は上にまがり
その先はもつれたリボンのように幅広く遠くへ伸びる
この国のやねは列となってリボンを覆い
リボンはべつのリボンと交差する
リボンとリボンの間を縫うさかなのようなふねの群れ
からまったリボンをすべてほどけば
この国はただひとつの純粋な知らせになるだろう

わたしはほどく。
上下左右にこんがらがる球の世界から唯一の自由な一端をひきだし、
左にある糸は右へ
下にのびた結び目は上に
やがてほどかれた糸は、
わたしの手をすべりおちて消えていく。
そういう風に作られたのだ
設計者は
考えました。
にんげんの住む場所で
知識は
どのように
あなた以外の
誰かと
分けあう
ことが
できるのか
と、
うっかり、
知りたいことを
知って
しまった
あとに
わたしだけ
のこる
ことが
ないように、
と。
リボンの交差する彼方にわたしの国が垣間みえる。
ゆれてひかるペンダントの真珠がわたしの国を覆うただひとつのやねだ。
わたしの国はやねのしたで頑なにバランスをとっている。
地図がほしいわたしに与えられたもつれた糸のかたまり。
わたしはインストールし、いまインストールされている。

2014.7.11

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