【第7回】船長 | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

やねとふね

やねとふね

【第7回】船長

2014.06.27 | 河野聡子

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ふねの現在はつねにあなたにかかっている
あなたは毎日休みなく働き続ける
あなたがいなければふねは進まない
あなたがいなければふねは沈む
あなたがいなければふねはばらばらになり
この恐ろしい世界に飲みこまれる
あなたに休む時間はない
あなたがふねのために働くのは
ふねが沈まないためと
沈まないふねのために働くあなたのため
あなたはそれ以外のものをなにも欲していない
あなた自身もほんとうはいらない
あなたはたぶんふねを愛している
ときどきあなたはふねを愛しているあなたを遠くからみて
ほんとうはふねを愛するあなた自身など
ふねそのものにはいらないものなのだと思う
ほかのすべてを無視して、
自分自身をむしりとること。
そんなあなたがいなければふねは沈むので
あなたはふねのために働きつづけるだろう
ちいさな虫のようなのに
あなたは呼ばれる
船長。
 
わたしは毎日たくさんのふねが飛び立つのをみている。
やってくるふねと、空中で停泊するふねと、乗客と、出迎える人と、貨物と、クルーたち。人々がいなくなったあとに、ふねには顔があらわれる。
その顔はふねを離れない。ひとつのふねに、船長がひとり。
わたしはさまざまなふねをみたが、船長は顔だけしか見えなかった。
船長はふねを離れない。
ひょっとすると船長は、そもそも顔だけしか持たないなのかもしれない。
むかしの帆船の舳先に立つ、上半身だけの像のように。
しばらくわたしはそう思っていたが、ある日、そのような貧弱な予想を裏切る出来事が起きた。
ある大きなふねが到着したときのことだ。
そのふねは古く、巨大で、さまざまな様式のパーツを組み合わせたモザイクのようで、ぎくしゃくとプラットフォームの上に停泊し、安定を保てるのかわたしも不安になるくらい、奇妙な音を立てていた。
航路を管理する役人たちが神経質な声で呼びかけている。
ふねからは応えがあったらしい。ひとりの役人がふねのデッキへ近づいた。
そのときだった。
突然、ふねが5つに割れた。先端と、上のつばさとデッキ、長い胴体と、尻尾と、左のちいさなプロペラと。
もろい層のつみかさなるケーキのような壁面に船長の顔がみえた。
たくさんの船長の顔が。
無数の船長がばらばらになったふねからこぼれ落ち、ふねは5から10にわかれ、さらに倍に、さらに無数にちいさく割れた。ほとんどはっきりみえない光るほこりの機械となり、空中をころがりおちた。虹がひろがるように、途方もない広さで。そこにわたしはたしかにみたのだが、こぼれおちた船長の顔が光る極小の機械ひとつひとつにしがみつき、憑りつき、立ち上がり、小さな手がマストを掲げていたのだった。それが突然吹いてきた風に乗って、あっという間に吹き飛ばされ、曲がる地平線の先へと投げ出されていく。
サイレンが聞こえる。
役人たちが忙しそうに動き回っていた。
つぶやく声が、ひとつのふねに、船長はひとり、と歌っている。
船長はひとり。
ひとり。



2014.6.20