【第6回】刑事たち | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

やねとふね

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【第6回】刑事たち

2014.06.20 | 河野聡子

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ある日刑事たちがやってきてわたしをカツ丼食堂へ連行する

ふたりの刑事たちはわたしを外へ連れ出し、黒塗りの乗り物にのせ、移動する。でたらめなくらいそっくりで、似ていないふたりだ。黒い服を着て、細身で、しなやかに腕や足をふる。わたしはどこともしれない建物のどこともしれない部屋に連れて行かれる。刑事たちはマジシャンのように大げさな身振りで歩くが、緊張しているのにわたしはその様子の滑稽さに笑顔をとめることができない。黒服の刑事たちは丁重だ。わたしは取調室の灰色のテーブルに案内され、腰を下ろす。ひとりの黒服の腕に白いナプキンがかかっている。つぎのしなやかな手のひらめきで、テーブルにカツ丼が登場する。刑事たちは給仕たちになる。カツ丼はおいしい。揚げたてで、ふかふかで、金色で、かじると熱い汁がこぼれる。わたしは夢中でカツ丼を堪能するが、給仕たちが冷静にわたしを観察しているのを忘れてはいない。第一、どうしてわたしはここでカツ丼を食べているのだろう。きっとこの国の取り調べはこんなふうに、食べ物を食べさせることによって行われるのだ。カツ丼を食べ終わる頃、給仕はもう一度手をぱちんとならす。折りたたまれた白いナプキンが鳥の羽根のようにひろがり、書類の束になり、わたしのサインを待つ。そこにはカツ丼を食べながらわたしが告白したことが一語ももらさずしるされている。わかっていたのに、わたしは驚くのをとめられない。食べるというのがこんなにも饒舌なことだったとは。たずねられているのは、わたしがまるでおぼえていないことばかりだ。給仕が礼をして、書類の束と、どんぶりを下げる。ご協力ありがとうございました。あなたはとてもたくさんのことを覚えておられる。ひとりがつぶやき、ひとりがお辞儀をする。給仕は刑事に変身する。刑事たちはわたしをふたたび黒い乗り物にのせ、部屋まで送り届ける。カツ丼を食べ終わってみれば、やはりでたらめなくらい似ていなくて、なのにそっくりなふたりだ。たぶんひどい尋問を受けたのに、乗り物をおりるとき、わたしは恋におちたようになっている。ふたりであることに。わたしたちであることに。

夢でごちそうをたべたことはある
いつもたべているよ
なにをたべた?

夢のなかでたべるものはいつもとてもおいしい
ひとりは感じるもの
ひとりは調べるもの
夢のなかで何を食べてもひとりは味わい
ひとりは知るのだ

記憶がだんだん硬くなってくる
わたしの国はとても残酷な国だった
なぜならわたしが居れなかったから
わたしの国はとても美しい国だった
なぜならわたしが居れなかったから

結晶化した記憶のなかではすべてがきらきらと輝いている
むかし切符を盗んだことがあります
切符を盗むために文書を偽造しました
文書を偽造するために鍵を盗みました
盗んだ切符でふねにのりました
わたしにはでたらめしか言えません
わたしたちはでたらめにそっくりだったので

2014.6.20