【第8回】第八週 | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

流星の予感

流星の予感

【第8回】第八週

2014.03.03 | 山田航

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  煤けた服を着た若い男女が二人、
  うららかな冬晴れの日に白き家に立ち寄りて祈るごとく跪くを詠める歌。

青白磁色のふゆぞらわたりゆく、おほとり一羽。
孤児院に陽の差すときを見守りて南へいそぐ。
ひとひらの羽根を落としておほとりは、失くした何を嘆くらむ。

ぼろぼろの車は少し駐車場をはみ出て停まり、
おほとりの刹那の影を隠すかのごと巻き上がる砂埃。
ガードレールのこすり傷つきしドアより女男(めを)ふたり、
ゆるき猫背であらはれて、
孤児院の浅き階段を、時間をかけて上り詰め、
真白き布のかたまりをためらひもなく、編み籠とともに置きたり。

女男ふたり逐はれるごとく走り去り、
勢ひづきし排ガスが飛びゆく鳥の影よりも濃く、しばらくは残りたり。
南の果てのこの街ですら珍しくうららかな冬の終はりに孤児院は、
真白き門とドアをもて、真白き布のかたまりを、南風ごと受け入れる。

女男ならばもう影もなく行き過ぎにけり。
希釈した死臭のごとき北の香を撒き散らしつつ。
彼らにも、おほとりの白きひとひらの羽根舞ひ降りる日のあらむことを。
冷たき銃身を握るその手が、
焼きたてのパンをちぎりて分け合へる
あたらしき日の来むことを。
ドアの向うに人がゐるその幸福をあらかじめ知るかのやうに、
ぐるぐるに巻かれた布のかたまりは泣き始めたり、か細き声で。

  反歌
盗品のジャムパン内部これほどによどんだ赤があるこの世界

2014.3.3