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たか女綺譚

たか女綺譚

【第9回】別の女の話(1)

2015.08.04 | 外山一機

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 私は高等女学校に入りましたものの直ぐに身体を悪くしまして…しばらくは茅ヶ崎のサナトリウムにいたんです。そうそう、このサナトリウムには青鞜の女が勤めているということで…ええ、それがどうも本当らしいことには、あるとき尾竹紅吉さんが入られたことがあるんです。ある時、らいてうさんがお見舞いに来られてね、あれが新しい女だ、なんて覗き覗きしている方もいましたけれど、私はただもう怖ろしくて、遠巻きに見ているばかりで。
 サナトリウムを出てから数年後に私はタイピストになりました、本当は復学する筈だったんですけれど、何となく…本当に何となく、ただ嫌になってしまったんです。別に新しい女にあてられたわけでもないのでしょうけれど…タイピストというのは何か妙な仕事でございましたね。その間に仕事場も四度変わりました。
 五年のうちで変わったことといえば、仕事場と私の身体ばかり。お恥ずかしいような話ですが、私は見ての通りの身体で、元々肉の付き易いほうではあったのですけれど、二十をいくつかこえましてから、いっそう肉が取れにくくなったようでした。五年で四度も職場を移りましたのも、実にこの身体のせいなんです。それでも、ひとつめの職場で働き始めたころはむしろ痩せぎすだったんですけれど、一年ほどたって上司に呼ばれましてね、もう君を雇えないことになったというんです。
 四つめの職場になってそろそろ居辛くなってきたころのことでした、仕事からの帰り道で、私の勤め先に三田村多一さんという方がいらしたんですが、何か女性と歩いているのが見えました。その方はちょっと派手な色の物を召して、ずいぶんお若く見えました。それで何か気まずいような気がいたしまして、いくらか遠くを歩いておりました。その方はたまにちらと後ろを振り返るような仕草をなさることもありましたけれど、通りには人がぞろとおりましたし、まさか私に気づく筈もないと思いました。ところが翌日、私が同じように帰っておりますと矢張りそのお二人が私の前を歩いているのです。まさかとは思いましたが、その翌日も翌々日も同じようでしたので、私は次第に怖ろしくなりました。新しい女。そんな文句が浮かびました…もっとも、もうその時分にはいくぶん古びた語になっておりましたけれど。新しい女。新しい女。そんな盛りの過ぎた言葉をそれと知らずに胸の中でめまぐるしく回転させながら、私はお二人をつけておりました。けれどもしばらく歩いたところにたいてい俥を待たせてあって、お二人は東の方へ向かうようでした。
 
鰡跳ぶや安珍けふも鐘のなか     たか女
身ほとりの五指を揃へてすだちふる
池の端に拾ふ財布や蓼の花

 

2015.8.4

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