【第8回】葉っぱの森 | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

草の立つ山

草の立つ山

【第8回】葉っぱの森

2015.08.01 | なみの亜子

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 夏のわが家は、葉っぱの森のなか。もう数えきれないくらい植えて大きくしたさまざまな樹木が、夏の強い陽ざしをおおらかに遮る。風の日は無数の葉っぱが潮騒のようにさざめきながら、その間を抜けてくる風を冷やして寄越す。バイクで登ってきた郵便屋さん、ここは空気が全然ちがうわ~涼しいわ~、と言って郵便物をくれて、私が木蔭がええよねえ~これ出してくれますか~、と言って託す発送郵便を荷台の赤い箱にぱたんとしまい、さらに上へと登っていく。そのやりとりは、園芸種の大山蓮花が一つ一つ立派な葉をゆたかに繁らせる樹の下。午前中の光が地に不思議な模様を描かせている。
 まだこんなに世界があったまっていない頃。このへんの家は、冬の寒さ対策が一番に考えられた。西向きの山の斜面に建つこの家にも、冬はともかく西陽をいっぱいに取り込んでぐっと冷え込む夜に備える、という思想が感じられる。西側一面、窓、窓、窓。なるべく奥まで陽がさし込むよう、東西は細く南北に長い家構えになっている。北向き斜面の集落に住む人らは、うちの集落名をきけば、あそこはぬくたいやろ~、と言ってくれるから、そうやねえ冬はぬくたいねえ~、と答える。この行間に、夏は死ぬほどあっついでえ、という訴えをにじませたつもり。そうでなくても、この家は草と木でできているのだ。家自体がその身に素直に太陽熱を吸収する。とにかく樹を植えよう。夏は木蔭で暮らそう。そうして植えてきた樹はもう何十本か。
 家の西側には、夏は繁り冬は落葉して陽光を通す広葉樹の高木を中心に。欅、桜、楠、櫟、樫、楓、大山蓮花、姫娑羅、山帽子、海棠。桂の葉のまろやかなハートの形が好きで大きめの苗木を植えたが、水はけが合わなかったのか枯れてしまった。家から少し離れたぐるりには、目隠しや土留め、鑑賞の樹をあれこれ。何年かおきに兜虫が集まるシマトネリコは、敷地沿いに並木にした。花の色を違えた数本の花水木。ゆっくりと成長する。ミモザやオリーブ、ガマズミ、バナナのような甘い香のするカラタネオガタマ、モッコク、実を楽しめるブルーベリー、グミ、杏、すもも、山桃、蜜柑、檸檬、酢橘、無花果などなど。もともと植わっていた土留めの樹には、山茶花、藪椿、ネズミモチ、檀、馬酔木、花桃、梅、金木犀、榊、びしゃこ、柊、槇、大手鞠、木瓜、お茶の木など。成熟してきた古い樹とまだ若い新しい樹が、その葉の繁りをゆるやかに連携させ夏の陽ざしをやさしくする。風を冷やす。卯の花、山つつじ、三葉つつじ、霧島、山椒、錦木、南天、コウゾや柘植や。高い樹の蔭で低い樹が陰翳を深くする。そこに今は茗荷の花が薄く咲く。
 犬を夏の木蔭に出してやると、起こすまでずっと寝そべっている。株立ちの背の高い欅の葉の下の、クローバーの葉の上が大好き。葉っぱのあいだ。光が緑いろを帯びながら、小さく繊くちろちろと揺れそそぐ。どの葉もじっとしていないで、風の向きや強さにそよぐ。蟬が鳴き蜂が寄ってきて、時々犬はむくり、と起きる。そしてまた葉を見上げては目を細め、ぱたりと草に身を横たえる。犬と私の影は葉っぱの森の蔭のなか。すこしくらい動いてみたって、葉っぱの森の大きな蔭のなか。

 

2015.08.01