詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

POETRY FOR YOU 2

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【第8回】いとこたち(文月悠光)

2015.07.27 | 福間健二+文月悠光

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 今年の夏は、まだスイカを食べていない。それでもスイカの色を鮮やかに思い出せるのは、冷蔵庫に貼ったフリーダ・カーロの絵のせいだろう。フリーダが最後に描いたものは、人物ではなく、いびつに切られたスイカたちだった。真っ赤なスイカの断面には「VIVA LA VIDA」――「人生万歳」という語が刻まれている。
 フリーダにとって、絵筆は自由の利かない脚の代わりだった。筆を躍らせた分だけ、彼女は生きのびた。「痛み」という現実を絵の中に写し取りながら。その絵が喝采を浴びたのは死後のことだ。誰より死に近く、終わりを願っていただろうフリーダが、晩年「人生万歳」と記したのはなぜなのか。
 めまいのするような暑さの中、目をつむると、スイカの赤い汁が点々と、まぶたの裏に散っていく。フリーダの足跡だ。フリーダの魂よ、踊れ、踊れ、踊れ!
 公民館の裏に回り、煙草の箱を取り出したとき、「吉田さん」と声をかけられた。ああユキちゃん。ハタチの矢島ユキは、講座の参加者の中で一番若く、目立つ存在だ。
「知ってますか? 地球そっくりの『いとこ』の惑星が見つかったんですよ」とユキは目を輝かせた。「ふたごでも兄弟でもなく、『いとこ』なんです。誰が名づけたんでしょうね」と忙しく腕組みをする。Tシャツから、やわらかそうな白い腕が覗いた。「不思議ね。わたしたちとそっくりな『いとこ』が住んでたりして」。わたしが冗談を言えば、彼女は「そうかもしれません」と真面目な顔で答えた。その汗ばむ額に、茶色い前髪が張りついていた。
「質問の答え、何か思いつきました?」。わたしは、ユキの問いに首を振った。講師の作家は、講座の終わりに「百年後、自分は何になっていると思うか。次回までに考えてきてごらん」と冗談のような宿題を出した。一〇代のころ、将来の夢を大人たちにしつこく問われたことを思い出す。あの頃は「一〇年後」さえも、立派な「将来」だった。果たして「百年後」は「将来」の範囲なのか。百年経っても、「自分」は継続しているのかどうか。
 少なくとも、フリーダの絵には「自分」が残っている。彼女の絵は生々しすぎるし、生き方にも共感しない。だのに、あのスイカたちは、わたしを勇気づけてやまない。「吉田さんはどんな絵を描くんですか?」。そうね、私は現実に即したものは描かない。ただし、それは真実そのものなの……。
 一四〇〇光年の彼方にいる「いとこ」に、わたしたちが会うことはないだろう。出会えないものについて、あれこれ考えるのは無意味だろうか。六〇年前に死んだ女性画家を思うように。手の届かない星を、虚しく見上げるように。
「百年後はスイカになってるんじゃないかな」。わたしは話の途中で、唐突に答えた。ユキは目を見開き、「実はわたしも」と言って笑った。

 

2015.07.27

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