【第2回】戯れの子ども(文月悠光) | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

POETRY FOR YOU 2

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【第2回】戯れの子ども(文月悠光)

2015.06.15 | 福間健二+文月悠光

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 うちのお父さんは作家みたいです。それまでは紙屋さんだと思っていた。絵を描くのが好きな私のために、月末になると大きな紙の束をくれるから。両手でしっかり持たないと、取り落としてしまうほど、ずっしりと重い。この紙の束のこと、お父さんは「ゲラ」って呼ぶ。「ゲラって変な名前」って言ったら、お父さんはおどかすように「げらげらげらげら」と言って、ひとりで笑ってた。ちょっとそういうのやめてよ。
 ゲラにはお父さんの書いた文章が載っていて、わたしは絵を描くのに飽きると、裏返してそれをこっそり読むこともある。こんなくだらない話が本になるの、とあきれたり、へーお父さん結構やるじゃん、って思ったり。きょうは「本気の子ども」っていう言葉にどきっとした。「これから本気の子どもになるんだよ」。じゃあ、わたしって「冗談の子ども」なの? ネットで検索したら「本気」の反対語は「戯れ」だって。たわむれ。お父さんは「本気の子ども」で、わたしは「戯れの子ども」。そうかもね。
 いつになったら、お父さんの本を読ませてもらえるのかな。お母さんは「大人になったらね」って言う。いつからが大人? お母さんの頭の中のわたしは三歳で止まっていて、その横にちいさなお父さんもいて、げらげらげらげら、笑い合ってる。あ、お父さんはお母さんの子どもじゃないのか。「本気の子ども」なのにね、かわいそう。
 お父さんの書斎には、髪の薄い男の人がやって来る。その人が「ゲラ」を渡しに来るから、水曜日の夕方は「あの人来ないかな」ってそわそわする。そわそわしすぎて「髪と紙、ハゲとゲラって似てるよね」って、お父さんに言ったら叩かれた。ぜんぜん痛くなかったけど、自分の頭からバカみたいな音がして悲しかった。ばーか、わたしもいつかハゲのおじさんになる。
 この前、ケーキとお茶を運びに行ったとき「そろそろ、あじさいですねえ」「あじさいですねえ」なんて、おじさん二人で話してて、吹き出しちゃった。ですねえ。ほら雨が降ってきたよ。うちのボロ傘、どうぞ持って行ってください。その代わり、このケーキのいちご、わたしにちょうだい。

 

2015.6.15