【第1回】朝の山道 | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

草の立つ山

草の立つ山

【第1回】朝の山道

2015.06.13 | なみの亜子

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 五月の朝はのびざかり。犬二頭と散歩に出る時間も、日々たかたかと早まっていく。
 山間集落の中腹のわが家から、山頂やや手前の宮さんへ登る道。標高800mくらいあるだろうか。晴れた日には、向かいの山から大きな峠の天辻峠、奥行きのある修験道の山々までがパノラマで見渡せる。登りの途上に犬と私それぞれのビュー・ポイントがあって、そこにさしかかれば「見晴らししよか」と一同歩を止め、心ゆくまで眺め倒す。雄犬シイはやや頤を引き、眺めるというより眺めからの風や匂い、そのはるかさを飽かず味わうのが渋い。お陽さんは山の影を抜けて昇りつつある。まだ若い光のなかに、ほとんどが空家になってしまった山上の集落が照らし出される。山桜と花桃の季を過ぎて、今頃は呼吸盛んに繁りゆくひたすらな新緑。ところどころに、桐の花。光の加減で色合いを微妙に変える花だ。遠景としての樹と家並みは、何度見ても懐かしい。
 曇った日には、山道を登る身体に雲が重い。刻々と湧いては集まり動めきをやめない雲のなか、眺望は一変する。山水画を歩くさすらいの人と犬の図。なぜだか、足取りがとぼとぼとする。ここらの人が「奥」と呼ぶ洞川方面は、もう降り出しているのだろう。何連もの山の峰が雲に取り囲まれておぼろげだ。こんな日は一歩一歩が億劫になる。雌犬ココが、お気に入りの草をぶちっと口でちぎってはくっちゃらくっちゃら。とりあえず行っとこや、と腹のすわった目線を送ってよこす。
 宮さんへの参道には、鉄の頑丈な柵を開けて入る。山続きの宮さんを抜けて集落に降りてくる猪や鹿、それを避けるのに数年前に設置された。2~3年おきに熊も出る。なんだけど、柵をして以降も、集落に降りてくる獣の数は増える一方だ。朝朝に、猪がみみずや球根を堀った穴、鹿が駆け回って落とした崖土や落石を見る。樹木も草も新芽という新芽はみな食べられている。かないっこないやね。犬もただ痕跡を嗅いで回るだけ。昔の村人の手作りの社でばんぱんと手を叩き、お願いごとをいくつか。ときどき社の中や床下、石段の間をムササビや狐、狸、いたちが動く。犬が吠えてやがて鎮まる。遠くから、チェーンソーのうなる音が聞こえてくる。帰ろ。朝飯の時間や。
 宮さんへの朝の散歩も、十年近く続いているだろうか。ここにきて急速にお願いごとが増えてきた。宮さん、知らんわい、言うてるやろね。高くなった陽が向かいの山の集落をあっためる。下りの山道には、一日をはたらき始めた集落の弾みが伝わってくる。

 

2015.6.13