詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

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【第16回】庭には

2015.01.09 | 川口晴美

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6畳間の吐き出し窓の縁であお向けに寝転んで
夕暮れの山へと滲んでいくひぐらしの声を
いつまでも聴いていた夏休みは遠い
庭へ下りる裸足の足裏に
尖った小石がひっそりとくいこんで
バランスがくるう
わたしの
ことばのわたしの
ほどかれて音もなく落下するカケラを
どこにもない庭が空のように受けとめて眠らせる
(おかえりなさい)
 
ゆめのなかでは
わたしは庭に埋もれて
口を半分と片目だけ土の上に出し
家を外側から眺めていた
黒い木板は陽射しと風雨にさらされる時間のなかで色褪せて
やわらかな白っぽさをまとい始めているけれど
なぞると木のささくれが棘になって刺さることも
指が覚えている
物干し台の向こうに
揺れて遊んだ箱型のブランコはもうない
かわりに母親のつくった花壇を
そこに咲いている花を見ようと
ゆめで目をこらす
ほんとうは自分のなかの記憶を覗き込んでいるのだと
ゆめのなかでもわかっていた
マーガレット、小ひまわり、桔梗、百日草、コスモス、
ケイトウの花はなんだか暑苦しくて好きになれなかったな
ときどき束にして紙にくるんだのを学校へ持って行った気がする
教室にはいろんな庭から運ばれて来た花が順繰りに飾られた
いや、そんなことはなかったのかもしれない
母親は仏壇に供えられる花を選んで植えたから
わたしは晴れた日の夕方に水やりをした
乾いた土に吸い込まれていく水
わたしはそういうものとしてゆめのなかにいるのだろうか
半身はあたたかな土のなか
花壇の向こうの柵を見ようとしている
思い出そうとしている
山沿いの道との境にめぐらされた膝の高さほどの柵
ぴょんと跳び越えることだってできるけれどスカートの
裾を引っかけないように用心してほらゴム跳びのときみたいに
まりつきでは最後にボールをそこへ仕舞うのだから
スカートの裾は広がらなくちゃいけない
土の下でも広がるだろうか
道の向こうの山際にあった竹やぶは伐採されたあとで
赤土の剥き出しになった山肌に夕暮れの光は照り映えて
窓ガラスを輝かせながら家へと射し込んでいる
こんな光のもとでは
父親がつくった雪だるまもかまくらもすぐに溶けるだろう
ことばのわたしもこうして溶けてゆくのかもしれない
庭になるのかもしれない
とうに庭になっているのかもしれない
だけどお祭りの夜店から連れ帰った金魚を
死んでからここに埋めたかどうか思い出せません
犬や猫は飼ったことがなく亀もたぶんいなかった
小鳥は逃がしてしまいました
弟のカブト虫とクワガタは死んだあとどうしただろう
思い出せないものたちが
見えないところでうごめいている
記憶の見えないところでわたしがうごめいている
わたしのなかでことばがうごめいている
いつかまた芽吹くもののように
繰り返し芽吹くもののように
もうない家に触れながら
半身は土のなか
記憶のなか
庭には
いる
(ただいま)

2015.1.9

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