【第15回】裸足のことば | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

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【第15回】裸足のことば

2014.12.26 | 川口晴美

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静かな夜には
たまに天井裏をカタタッと小さな足が駆け抜ける音がする
ネズミもファンタジーじゃなく
板1枚を隔てたところに存在する夜の生きもの
それでも大人たちがなぜあんなに嫌そうな顔をするのか
よくわからなかった
寝転んで眺める天井の木目や染みを
顔や恐竜に見立てるのにはすぐ飽きて
みえないものばかりをわたしは胸の内で育ててしまう
おなじ家に暮らしながらわたしたちはそれぞれの
別々の空間に生きていたのかもしれない
 
6畳間に並べて敷かれた布団ではなくて
2段ベッドに寝ていたこともある
どの壁際に置いてあったのだったか
斜めに架けられた安っぽい数段を上るときの足裏の感触
最初はわたしが上で
まだ幼かった弟は危ないから下を使い
しばらくしてから交替した
弟はわたしと違って寝つきがいい
雨の音が好きだ、と上にいる弟が言う
屋根瓦を雨が打つ音を聴きながら眠るのはいい気持ちだ、と
言われるまで気づかなかったけれど
そうだね
壊れやすい花に似て開いた耳に
雨の雫や、壁越しの声や、台所の音や、光の粒々が
時間のように滴って
わたしはことばになって
記憶のかけらになってここへ滴り落ちてきた
いま
2段ベッドの梯子に足をかけたまま浮かんでいるから
そうだね、6畳間の掃き出し窓から庭へ出てみよう
庭にプレハブの子ども部屋がつくられるのはもう少し先のこと
子ども部屋でわたしか弟のどちらかが寝るようになって
2段ベッドは捨てられた
だからいまはまだなにもない庭へ
窓を開けて
裸足のことばで下りてゆく

2014.12.26