【第13回】光の開口部 | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

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【第13回】光の開口部

2014.12.12 | 川口晴美

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台所を通り抜けて6畳間へ行く
仕切り戸が閉められるのは夜のあいだだけ
6畳間に敷いた布団でわたしたちが眠りにつくときだけ
子どものわたしは寝つきが悪いから
閉められた仕切り戸の向こうの台所で母親が
食器を洗ったりしていればずっと眠れない耳をすませてしまう
水音は触れることのできない隔てられた場所から滴り落ちてきて
夜ごと子どもの体を遠くへ流し去った
だけどまだ眠れないことばが
滴り落ちてくる
今、仕切り戸は開いていて
戸袋から少しだけ木枠の縁がとび出ているからそこに
軽く手をかけてわずかな段差をまたぎ
6畳間の畳を踏んだ
すぐ左の壁際に母親の鏡台が置いてある
つやつやと滑らかな焦げ茶の扉を撫でるように左右に開くと三面鏡
映し出される見慣れない横顔はおそらく母親に似ている
正面の浅い引き出しを開けるときは慎重に
手製の仕切りにきちんとおさまっている母親の口紅や眉墨や髪留めが
内部で乱れないよう力をこめなければいけない
こういうところはまるで似ていないから
ぱたりと鏡を閉じる
背後にはこぢんまりした古い仏壇がある
それもまた夜には両側から扉をぱたりと閉められるのだった
 
鏡台の横は襖で
その向こうに玄関脇の4畳半の部屋がある
襖をぜんぶ取り外すとひとつながりの広い場所になるから
たまに親戚たちが何人もやってくるようなときにはそうしたけれど
ふだんは襖を開けた片側でつながれたふたつの空間
襖の上部は欄間だ
「小さい穴から漏れる光が気持ち悪かった」と
大人になった弟は言った
そんなことぜんぜん知らなかったわたしは
言われてやっと思いだす
弟は密集している微細なものが生理的に苦手だったこと
欄間の板に規則正しく並んでいた細かな穴の模様
そこから明かりを消した6畳間の寝床に降りそそいでいた遠い光を

2014.12.12