【第13回】触角の記憶 | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

POETRY FOR YOU

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【第13回】触角の記憶

2014.12.08 | 文月悠光

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別れを保留して
そこにカーテンを引いた。
折りたためない気持ちの厚さに負けて
羽毛布団にくるまれている。
乳を与えることは本能じゃない。
渡り鳥の宿命を眠らせるため
ミルクを均一にかきまぜた。
 
病室でハミング。
いまは壁に見えても
開け放たれる可能性の揺らぎ。
面会謝絶という言葉にも、
話したいこころが潜んでいる。
動物は熱っぽいし、子どもは汗臭いし。
そもそも仲間じゃないみたい。
わたしは日が暮れるまで
虫のしぐさで待っていた。
手足より触角が慕わしいもの。
 
遊ぼうってわたしを呼んだ
その人のことは忘れない。
爪を立ててくれた。
舌で吸ってくれた。
人に抱かれれば
人に近づける気がした。
光を浴びる人はうつくしい立て膝。
やさしい手遊びのなかで
わたしは触角の記憶を奪われていた。

2014.12.8