詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

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【第11回】かたい儀式

2014.11.28 | 川口晴美

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プリン型は金属製で
冷凍室から出すと白くけむって指の皮膚にはりつくように冷えている
市販のプリンの素でつくってくれる母親が
固まらせるときなぜ冷凍室に入れてしまうのか
そういえば一度も訊かなかった
プリンというのはほんらい硬くはないはずだとうっすら疑問を抱きながら
いつも凍ったプリンをスプーンの先でがしがし削って口に運ぶ
たいていはお風呂上がり
寝る前の時間でもお風呂上がりのアイスクリームやプリンならゆるされた
ぱたんと閉める冷蔵庫の横の
カーテンドアで仕切られた向こう側はまだ湯気に満たされている
 
市営住宅に最初はなかったお風呂場が
次々と家ごとに増築されたのは弟が生まれる少し前のこと
コンクリートの床に台所と高さをそろえた木のスノコが置かれ
こぢんまりした浴槽と小さな窓と勝手口がわりの扉
脱衣所はないから
6畳の部屋の隅で服を脱いで
下着姿のままそそくさと台所を横切った
カーテンドアから手だけ出して脱いだ下着を洗濯機の上の籠に置いておく
ひとりでお風呂に入るようになったのは何歳の頃だったか
髪を洗うたびにくせっ毛は絡まり
ブラシで梳かしてほどこうとすると引き攣れて痛かった
キャップで量ったリンスを大きめの洗面器に溶かして
祈るように髪を浸しても頑固な細い糸のように髪はもつれる
体をあらうときは
小さいほうの洗面器で浴槽のお湯を汲んでもうひとつの洗面器に移し
タオルを濡らして首から
右手で左腕を3回、左手で右腕を3回
順番も擦る回数もお湯のかけ方もぜんぶ決まっていて
うっかりまちがえると最初からやり直したくなる
あの窮屈な儀式めいた入浴で
わたしはわたし自身の子どもの体をなにかから守っていたのかもしれない
それはいつのまにか終わった
大人のわたしはもっと雑にあらってもぜんぜん平気だよ、と
浴槽にならんでしゃがんだ幻の子どもに告げると
あたたかく曇った鏡は
大人の言うことなんかひとことも信じていない意固地な顔のわたしを映す

2014.11.28

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