【第6回】窓の外は晴れている | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

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【第6回】窓の外は晴れている

2014.10.24 | 川口晴美

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整理箪笥の引き出しを開け閉めするたび
上に置いてある人形の飾り棚の扉ガラスが一瞬ふるえる
中にはどこか知らない土地のお土産のこけしや
誰かからもらった貝殻の鳥や
ミニチュアのお城
あの頃たいていの家にはあったに違いないそういう雑多なものが
うちにもあった
気に入っていたガラス細工の仔犬を
指先でつまみあげる感触だけは思い出せるけれど
棚のなかのどれかひとつがよその家のものと入れ替わっていたとしても
きっと気づかない
父親は仕事から帰ってくると
深緑色の作業着を脱いで
外した腕時計と財布とキーケースを飾り棚の扉ガラスの手前に置く
父親の引き出しは整理箪笥のいちばん下の段
無口で穏やかで
持ち物がとても少なく
死んだとき棺に何を入れてあげればいいかわからなかったから
わたしの詩集を持っていってもらったのだった
でも、それが起こるのはもっと先のこと
この家では父親は生きている
夜になれば帰ってくる
 
夜は雨戸を閉める
少し持ち上げながら引っ張るのがコツ
窓の鍵はネジを締める要領できゅるきゅるまわす
建付けが悪いから斜めに傾けて鍵穴をあわせなくちゃならなかった
窓の外は庭だ
こぢんまりした花壇と物干し竿
急な雨が降り出した午後には窓から洗濯物を投げ込む
軒下には冬になると祖母が届けてくれる干し柿が吊り下がる
あの窓が好きだった
そうだ、あの窓が好きだった
とりわけ雪の朝に開け放つ瞬間が
屋根の雪を下ろし終えた父親が眩しく白い庭にいて
かまくらと滑り台と雪だるまをつくってくれたのを
見つけるのが好きだった
わたしは雪の夜があけて晴れた朝に生まれた子どもだったのだ

2014.10.24