【第3回】まるい石 | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

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【第3回】まるい石

2014.10.03 | 川口晴美

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摩り硝子入りの玄関戸に鍵はかかっていない
近所へ買い物に出る程度なら
鍵などかけない日々だった
でも一度だけ叱られて外に出され
家に入れないよう
中から鍵をかけられたことがある
あのとき子どものわたしは自分に非がないことを説明できなくて
ただ理不尽な咎を負わされた憤りにわれを忘れ
握りしめた手で摩り硝子を割った
内気で人見知りで
他人と話すことはおろか笑いかけることさえ
うまくできない子どものくせに
おそろしく我が強かったのだ
内側に散り落ちた破片
一滴も血が流れなかったのはあやうい偶然にすぎないと
母親が思ったかどうかは知らないが
閉め出されたのはその一度きり
開かれて
ことばのわたしは
みえない硝子を割るだろうか
無数の破片を内側に飛び散らせ
透明な血のように光を滴らせるだろうか
 
玄関の三和土は
夜になって母親が使う大人の自転車と子ども用の自転車の2台を入れると
それでいっぱいになってしまう狭さ
夏休みには朝ごとに箒で三和土の土埃を集めて
引き戸のレールの下の溝をくぐらせ外に掃き出す〈お手伝い〉をした
レールは時おり蝋で磨いて
最後に溝を小さな石で塞いでおく
そこから虫やなにかが入ってくるのを母親が嫌がるから
道の端で拾ってくる平らなまるい石の
手触りと重みを反芻する掌がやわらかく窪む
今はそこに何を受けとめればいいか思いつかないまま
くちをあける
ただいま
わたしのいない家へ
ことばになって入っていく

2004.10.3