【第3回】熱 | マイナビブックス

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塔は崩れ去った

塔は崩れ去った

【第3回】熱

2014.09.30 | 福田若之

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傘嶋 生活郎
Seikatsurou Kasashima        (2114-2191)
 
 2114年、大江戸州12区(旧東京都品川区)生まれ。2145年、第一句集『火焔』で帝国図書館文芸出版部国民詩歌新人賞を受賞。2165年に結社『八十島』を創立、主宰となる。2191年、アルツハイマー型認知症に伴う心不全により逝去。
 もとより軍国主義的な主張を孕んだ作風だったが、第三次大戦中に「実働俳句」を提唱し、軍事に積極的に関わることでその傾向を強めた。とりわけ〈目には目や桜散り重なりて白き〉や〈とほく花火すなり天地の晴れわたり〉といった句は、当時の情報爆弾にも使用されていたことが記録されている。情報爆弾が第三次大戦中の技術発展が生み出した人類史上最悪の兵器のひとつであることに異論の余地はないだろう。周知の通り、これは20世紀後半以降に古典熱力学における「マクスウェルの悪魔」の問題の解決がもたらした情報熱力学の成果を利用し、小型化されたメモリに集積された莫大な情報の消去がもたらす巨大な熱エネルギーを破壊力に転換するものである。情報爆弾の威力は、デジタル化された情報量に比例し、その情報の意味内容とは関係を持たないが、大戦でこの兵器を使用した国の多くは、国威発揚の目的から、それぞれ自国の代表的な文学作品をその情報として利用した。記録装置にトマス・ピンチョン『重力の虹』が約1032冊分書き込まれたアメリカのUボム(「通読不能爆弾(アンリーダブル・ボム)」の略称)は有名。他に、Uボムに対抗したものとして、トルストイ『戦争と平和』を利用したロシアの情報爆弾Ч-559なども知られている。戦争に芸術作品が利用された例は、それ以前にも、ナチス政権下のドイツにおけるプロパガンダ映画を使った国威発揚や、21世紀初頭のイラク戦争で米軍がイラク人捕虜への尋問の際にヘヴィメタルを大音量で聴かせ続けたことなど、枚挙に暇がないが、芸術が人間を直接的に焼き殺す兵器となったのはこの戦争が最初だった。生活郎の俳句も、多くの人間を殺傷したことになる。
 生活郎の俳句の軍事的利用は情報爆弾のみに留まらない。二刀式人型戦闘機械「武蔵」をはじめとする軍事用アンドロイドの自律型人工頭脳に愛国心と好戦的な精神を養うためにも採用され、戦中には、生活郎自身、軍部からの指令によって、この目的のために俳句を書いている。
 第三次世界大戦がしばしば「世界文学戦争」と形容されるのは、世界的にこのような文学の戦争利用が横行したためである。また、現在、火薬類取扱保安責任者の国家資格なしには一定量以上の情報を所持することが禁止されており、また、火薬類製造保安責任者の国家資格なしには私的な文書ですらその執筆の自由を大幅に制限されているのも、大戦の勃発以後、情報から熱への変換技術が急速に発達し、誰でも簡単に情報爆弾が作成できるようになったことが直接の理由とされている。こうした今日的状況と俳句を結び付けて考えるとき、我々は生活郎の俳句が持った歴史的・社会的な意味を無視するわけにはいかない。それは、第二次大戦期に盛んに詠まれたと伝えられるいわゆる「聖戦俳句」の、考えうる限り最悪の形での再興であった。生活郎の営為を前に我々が知ることになったのは、我々の俳句もまた他者の殺傷に容易に利用されうること、そしてまた、そうした利用を完全に回避することの不可能性である。生活郎の場合はその主張がたまたま政府の利害に一致していたが、我々の俳句が情報爆弾の熱源となる場合には、もはや、それが何を語ったものであるかは全く関係がない。非暴力主義者の書いたものでさえ、複製されて多くの人を殺傷しうる。その逆に、生活郎の俳句もまた、確かに国威発揚の意識を伴っていると読むことが可能である一方、その歴史的な文脈から切り離された場合には、ごく一般的な叙景句や抒情句としても読むことができるものでもある。軍事用アンドロイドの教育に使われた俳句にさえ、そうしたものが少なくない。
 第二次大戦期の「聖戦俳句」については、今日ではその資料の大部分が失われてしまっている。それらは、決して第三次大戦の被害によって喪失されたのではなく、むしろ、長期的な黙殺によって、いつの間にか歴史の闇に葬り去られてしまったのである。我々はみな、ほかならぬ我々自身の記憶を必ずや忘却していく。だからこそ、我々に必要なのは、残されている記録に触れながら、いかにしてこの不可避の忘却と向き合うかを考えることである。今日では、もはや何事もそこから始めるしかないのだ。生活郎の俳句についても、それは同じことである。
 
〈句集〉
『火焔』(帝国図書館文芸出版部、2145年)
『紫外線』(帝国図書館文芸出版部、2148年)
『水害』(帝国図書館文芸出版部、2152年)
『粗略』(帝国図書館文芸出版部、2154年)
『紙魚』(帝国図書館文芸出版部、2160年)
『雨の季節』(帝国図書館文芸出版部、2163年)
『埃』(帝国図書館文芸出版部、2170年)
『消失』(帝国図書館文芸出版部、2189年)
 
〈抄出三句〉
目には目や桜散り重なりて白き
肉体や風の真夏を働ける
歴年の大鍬形の身なりかな
 
以上、地下の会編『22世紀の俳人名鑑』(地下の会、2214年)より「傘嶋生活郎」の項目を転載。

2014.9.30