塔は崩れ去った
――ひさしぶりに訪ねた友人は、約束の時間にずいぶん遅刻してしまった僕を快く迎えてくれた。コンピューターにつながれたスピーカーから、ビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が流れている。"...And looking up I noticed I was late." この曲はアルバムの最後だから、ずいぶん待ってもらっていたのだろうと思って申し訳なく聴いていると、聞こえないはずの犬笛と逆回転されたポールの肉声(だったもの)のあとで、別の曲が流れ出す。「ホエン・アイム・シックスティー・フォー」だ。僕が六十四歳になるときには。もう、ポールも72歳、リンゴなんて74歳になってしまっているけれど。
それはともかく……
「まさか、ランダム再生?」
それはともかく……
「まさか、ランダム再生?」
"If I'd been out till quarter to three..."
「うん。それが何か?」
"...Would you lock the door?"
「よりにもよって、あの『サージェント・ペ
パーズ』をランダム再生って。練りに練って
アルバムを一つのショーに仕立てたポールの
努力はいったい……?」
"Will you still need me, will you still feed me, when I'm sixty-four?"
「こういう聞き方もできるんだよ。レコードじゃこうはいかないけど、mp3なんだから。ともあれ、ひさしぶり」
"When I'm sixty-four, you'll be older too..."
もし、あなたがこれまでの文章を書き出しと呼ぶならそう呼んでしまってもいい、けれど。その気になればあなたはどこからだって読むことが出来たはずなんだ。たぶん彼がどこから書き出したかなんてことにはさしたる重みもなくて、その代わり、あなたがどこから読んだかが意味を持つ。
いつのまにか「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」の冒頭が流れ始めている。
"We were talking about the space between us all..."
「「僕らは僕らみんなのあいだの宇宙空間について話していた」なんて訳したら、ちょっとサイバーパンクっぽくない?」
"...And the people who hide themselves behind a wall of illusion, ..."
「いやいや、単にインドっぽいんだよ。すっ
かりインドに影響されたジョージが作った曲
だから」
"...Never glimpse the truth, ..."
「そんな答え合わせみたいな聴き方してて楽しいの?」
"...Then it's far too late, ..."
「楽しいかどうかじゃなくて、ただ、現実を
大切にしたいだけ。なんでもインターネット
とかバーチャル・リアリティとかに関連づけ
たりするってのは、なんというか、思考回路
が秋葉原化してる感じがする」
"...When they pass away."
「なんか知らんけど、秋葉原を盛大に誤解してることは間違いないよ、その言い方は……」
そこで急に腹が鳴り、自分が空腹だったことに気づく。聞けば、せっかく久しぶりの来客だからと、料理を用意していてくれたのだという、なにか、なにかがおかしい、いくら久しぶりだからといって、僕らは一方が他方に料理をふるまうような関係だったはずがないというかそもそもなんで僕はもう大学を卒業していてそれなのにあいつはいまだに中学生だった頃のままでそれなのにどうしてひとり暮らしで――
――そこでやっと目を覚ます。朝に待たれていた。まだなんかねむい。時計を見上げて、遅刻だと気づく……。
ひ ま 逆
ら、 な あ
ら、 い が
は たの り
て 肉 だ
も の け
ない ぶ を
て つ つ
が 切 づけ
み り て
の 秋 秋
味を あ を
秋 かね 腹
2014.9.16