【第16回】いまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる | マイナビブックス

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やねとふね

やねとふね

【第16回】いまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる

2014.09.05 | 河野聡子

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   多数の船が急発進し、外殻を破り侵入した。
 
わたしはやねのうえを駆けぬけ巨大なさかなの群れへダイブする
あなたがまったく信じられなくてもかまわない
川が意図的に水をのぼるように、すべてのやねの上へのぼっていこう
あなたとわたしはたくさんのふねを分解して組み立てたのに
名前をなくしてしまっていた
あなたはふねのために働き、自分を引き裂くことができるだろうが
自分を愛するはずのふねの名前を自分のかわりにするばかり
やねは世界のすべてを覆う
目にみえるものはいつだって
あなたとわたしの予想より複雑なもの
 
   破損した外殻は即座に補修されたが、一時的に外部への流出がみられた。
 
わたしひとりで地面を歩くさびしい夜が来たとき
祖母と祖父のおへその星を盗むために、わたしはひとりで潜入した
さびしい夜の冷たい指が触れたら、こぶしをあげて打ち返すように
世界のすべての覆いをやぶる禁止を犯しても
わたしは追いかけてやねに登り、あなたは吸いこまれるのを止めようとした
わたしは空気中に投げ上げられ、
遠くに飛んで回転し、星のへそから、さびしい夜に引き裂かれた
蛍光灯の芸術をついにマスターしないままだったから
スイッチを入れても不安定で、
しばらくのあいだ、点滅していたのは
わたしではなかった
しばらくのあいだ
わたしはなかった
わたしをしていることができなかった
今、わたしはここにいる
 
   双方の関係は、過去から現在にわたり緊張したままである。
 
ダークブルーと白と銀の、鳥のようなものと
神秘的な奇跡の恩恵を受ける、白い産毛のひな、
まえを歩く驚異の子どもたちが水平に整列する
折りたたまれ振る腕と脚のしなやかさをもって
手のなかの一枚のハンカチで冷静にわたしを観察する
白く鳥の翼のように広げられて、わたしの署名を待つものは、
あまりにもたくさんのナンセンスに似ている
わたしはわたしにだけでたらめを言うことはできません
 
   どんなものにも存続と交換の欲望がある。
 
この国では殺人が生産ですか
ずっと死んだまま生きるというノイズをひきうけるために
幽霊は殺された人の無限の噂を継続している
死んだままでいればけっしてひとりにならずにすむけれど
孤独にならないようにわたしは自分を延長する
仕事をすること、
糸のような木のようなものに注意すること、
なぜなら目にみえる水平線とやねは、
リボンとリボンを横切るリボンの複雑なからまりで、
純粋なひとつの知らせは隠れて見えなくなるからだ
さまざまな理由で死んだままになっているあなたを
鳥からこぼれ無限にあらわれる子どもたちに交換はしない
 
   出口を探すだけでは、十分ではない。
 
水のかわりに風があり、予言の渦の中心で
青い帽子の人が、水のない波のなかで航海を続け、旋回して接触し火花を飛ばす。
ふねとやねとさかなのあいだを幽霊が漂流する
あなたはどのように幽霊を打ちぬき、雹を投げつけられるだろうか
投げるふりをすることはできないし、あなたは私に証明したいはずだ
あなたはなにをみていると信じていますか
 
   望まれているのは、足りないものを補いながら歩いていけるようになること。
 
さかなが泳ぐほどの可能性がある、うすぐらい雨のなかでは
あなたは大丈夫だ
かれらは何も知ることができないから
あなたが知らなくても、知らないことを忘れて
たぶんわたしが教えてあげられるだろう
正しく言葉にできないことも言葉にする幽霊たちを味方につけて、
わたしは土を掘るが、あなたはまだ深いところにいて、下から掘り、掘りかえしている
下には影と発酵した落ち葉の香りが満ち
あなたが転生した小石、死んだ動物や昆虫たちが
しゃべる魂になってもういちど、あなたが生まれてきたならば
生まれないという意味はこの世界からなくなる


2014.9.5