詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

やねとふね

やねとふね

【第15回】潜る人

2014.08.29 | 河野聡子

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わたしの国の言葉を話す役人は
ひとりで歩いていったのだと
幽霊たちが噂する
 
あなたがみていると思っているものは
あなたが予想しているよりも複雑です
 
このごろわたしの視界はひんぱんに
やねの上に浮かぶたくさんのさかなに占領されてしまう
ほとんどのさかなは巨大である
尾とひれをゆったりとはためかせ
やねの上で悠然と方向を変え、着陸し、また浮かぶ
この国のやねは、家やビルディングといった
建造物のてっぺんに載っている
役人たちが時たま、ドーナツ型のチューブに乗り
ねずみのような高速でさかなの周囲をうろつきまわる
さかなはまったく意に介さない
つねに悠然として、銀色で、ぴちぴちして、いきがよい
たまに捕獲されたものはわたしが働くドックへ曳航され
焼き魚定食になったあと
生まれかわってふたたび、やねの上に浮かぶ
やねに着陸したさかなの銀色の腹からは
人々の群れが飛びだして
やねの下に潜り、さかなを育てる仕事につく。
 
最近、ずっと家だと信じていた物体が
ほんとうはさかなだということに気がついた
家はほんとうはさかなで
さかなからは乗客が降りてくるので
ふねもほんとうはさかな
なのだ
 
いや、さかなは
ほんとうはふねで、
家はほんとうは
ふねなのかもしれない。
この国の言葉では
ふねはさかなで
さかなはふねで
ふねは家
である
 
一方でやねは
家のてっぺんに載っているのに
ほんとうはさかなである家が
やねの上を回遊しても
やねのままで居続ける。
この国の言葉では
やねは家でなく
さかなでなく
ふねでない
やね
である
 
このごろ仕事を終えたわたしは
やねの下に潜り
家だったふね
だったさかな
を分解しては、もう一度組み立てる
そのための図面を描いている。
遠くまで泳ぐさかなになるように
このさかなはどこまで泳いでいけるだろう
吹きながしの下の空席を待っている、
 
こいよ。
 
わたしがみていると思っているなにかは
わたしが予想するよりずっとややこしいだろう
もうすぐ
べつの切符を手に入れる。


2014.8.29

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