詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

やねとふね

やねとふね

【第14回】開発者

2014.08.22 | 河野聡子

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最近の幽霊は、このまえ歩く人たちを叩きのめした雹が、この国のあちこちを襲っている、という噂話に夢中である。幽霊たちは雹で傷つくことがぜったいになく(幽霊は、雹にうたれるからだがない)、地上を歩く必要もなく(幽霊は、やねのうえを漂っていればよい)、生きているものがどうなっても興味がない(幽霊は、ずっと死んだままでいる)ので、雹が降るのは楽しいエンターテイメントである。
歩く人は雹に打たれると溶けてしまうが、幽霊は降ってくる雹を投げつけあって遊ぼうとする。実際は、幽霊は雹を投げることができないから、投げるふりをして、べつの幽霊をなぐる。幽霊のなぐりあいはおしゃべりによってなされるので、幽霊たちが雹で浮かれれば浮かれるほど、やねのうえは騒がしくなる。
すこし前まで、わたしは幽霊のおしゃべりを記録しては、以前わたしに、殺されたことを証明してほしいと頼んできた幽霊のことを調べていた。幽霊のおしゃべりにはあったこととなかったことが含まれている。今、わたしは幽霊のおしゃべりをあったこととなかったこと、ありそうなこととほとんど起きないことに分別する方法を開発している。完成すれば、この国のいろいろなことがわかるようになるだろう。なにしろ幽霊は、やねのうえからどんな場所にも出入りしては始終おしゃべりをしているのだ。自分が生きている時も死んだ後もあったこともなかったことも、ありそうなこともぜったいにないことも、ごちゃまぜにして。
そんなある日、初対面の役人がやってくる(わたしの国の言葉を話す役人は、もう来ない)。
わたしは働かなくてはならない、と彼はいう。
たいへん長らくお待たせいたしました。あなたはこの国に登録されました。
登録されたので、あなたは仕事を探さなくてはなりませんが、ご安心ください。
メニューはこちらです。お選びいただけます。
役人が差し出したファイルはレストランのメニュー表そっくりである。透明なカバーに覆われており、100ページ以上はあるようだ。一方で、わたしの選択肢はほとんどない。ハンバーグ定食か、焼き魚定食か、トマトのパスタか、みそラーメン。このどれかから選べ、という。
わたしは焼き魚定食を選び、役人が指さすままに署名をしながら、ぐったりしたこいのぼりが丸焼きの順番を待っているのを想像する。それから役人とわたしはやねにのぼって、ふねに乗る。
ふねは銀色のリボンのあいだを縫って飛び、焼き魚定食のトレイそっくりのやねに停泊する。修理中のふねが尾翼をだらりとのばして並び、ドックと補給タンクはみそ汁とごはんとおしんこにそっくりだ。わたしはドックの隅にある小さな白い部屋に入り、指示された仕事をする。
部屋も仕事も、どこかでみたようなものばかりだ。
だが、天井のすきまから幽霊の声がきこえる。
ささやき声だったり、怒鳴り声だったり。
風が森を吹きぬける音のようだ。
仕事が一段落すると、幽霊の声を聞きながら、自分の作業の続きをする。
ときどき居眠りをして、おなじ夢をみる。
わたしは急な階段を登っている。壁に切られた細長い窓から光がさしこんでいる。足元は枯葉で覆われてすべりやすい。靴が葉を散らすと、タイル貼りの階段の表面が見える。隅が欠け、黴が浸食し、ひび割れが走っている。わたしはすべらないよう気をつけながら登りつづけるが、ふりむかない。ふりむいたら、これまで登ってきた段がみえて、怖くなることがわかっている。わたしは汗をかいた手のひらをかたくにぎりしめている。手の中にはもちろん切符がある。灰色のシェルに、わたしの身体的情報が格納された切符。切符には名前が書いてある。
名前。
その名前が何だったのかを思い出そうとして、ふと目が覚める。
ついにある日、幽霊のおしゃべりを仕分けするシステムが完成した。
わたしはやねのうえにのぼり、起動する。
気持ちのいい夜だった。
幽霊たちの言葉があつめられ、あったこととなかったことへ、色のちがう吹きながしのように分岐していく。
あったことはかがやく金色に、なかったことはうすい黄色の煙に、これから起きそうなことは赤く、ほとんど起きないことは緑色の吹きながしに、
そしてわたしは気づいた。
この吹きながしの下に足りないものがある。
 
コイヨ。
 
そして、わたしはさらなる作業にとりかかる。

 

2014.8.22

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