【第13回】人(そこにいてそこにいない) | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

やねとふね

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【第13回】人(そこにいてそこにいない)

2014.08.15 | 河野聡子

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あなたは摂氏28度、正味4メートル×5メートル×3.3メートルの
空間のなかにいる。
空間の湿度58パーセント、これならとくに問題はおきない。
あなたの身体に不運なめぐりあわせや不都合でもないかぎり。
湿度65パーセントでも、まだそれほどのちがいはない。
湿度が70パーセントを超えると、
皮膚がけばだつような、不快な気持ちが生まれてくる。
湿度75パーセントで、あなたはけだるく、眠くてたまらない。
湿度79パーセントになると、裸足で歩く床のべたつきが気になり、
あなたはおなじ空間にいる同僚といさかいをはじめる。
 
あの国にいるわたしと、この国にいるわたしの関係は
摂氏29度、湿度85パーセントの四角い空間で
いちにちの60パーセントを一緒に過ごしているふたりの間に
成立する関係とおなじである。
わたしとわたしは、部屋を出ていくことができなかった。
すくなくとも、できないように思われた。
そのためか、もうひとりのわたしは、
出ていくことのできない部屋から
蛍光灯が点滅するように、いたりいなかったりする術を習得した。
 
それでもわたしとわたしはいっしょに仕事をした。
わたしとわたしはいくつかの問題にとりくみ、アイデアを出しあい、
問題を解決し、報告した。
わたしとわたしはことなる才能に恵まれていたから
わたしはわたしに足りないものを
わたしで補いあうことができた。
それでもわたしとわたしはとてもきゅうくつだった
固いやねに覆われたあの国のまっしろのブロックの森の
ブロックの幹をのぼりブロックの枝をわたりブロックの葉がしげる
それなりにうつくしいともいえるブロックの部屋で
わたしとわたしは
いさかいを愛するようにさえなったが
いくらいさかいを重ねたところで相手はわたしなのだから
愛したところでどうしようもないと
わたしもわたしも思っていた
それもこれも
わたしとわたしが
 
を持っていないせいだった
 
蛍光灯が古くなると、スイッチをいれても、
光が灯るまでわずかに、時間がかかるようになる。
さらに古くなり、具合がわるくなると
スイッチを入れても何も起きないこともある。
ひとびとがなにも起きないのに慣れ
蛍光灯をつけたことさえ忘れたとき、ようやく
点滅しながら光がはなたれる。
不安定に。
わたしは点滅した。
わたしはいた。
わたしはいなかった。
わたしはいた。
わたしは不安定である。
わたしはいなかった。
わたしはいた。
わたしはいた。
わたしはいなかった。
わたしはいた。
わたしはいなかった。
わたしはいなかった。
わたしはいなかった。
わたしはいなかった。
わたしはいなかった。
わたしはいなくなった。
 
わたしはいま、ここにいる。
わたしはこの国で
わたしにわたす
 
を探しつづけている。


2014.8.15