詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

やねとふね

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【第11回】歩く人

2014.08.01 | 河野聡子

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真夏になってこの国には歩く人が出現している。
 
わたしの国の言葉をはなす役人によると、歩く人は、幽霊たちが極端に多くなった年に、きまって現れるのだという。歩く人が現れるとき、ぜったいに、ひとりではない。
たくさんの歩く人が来ます。と役人がいう。
歩く人は、赤と、黄色と、青と、オレンジ、紫、緑、ピンク、この色のまだら、ストライプ、思いつくかぎり、でたらめな組み合わせの色の服を着ている。歩く人は、この国の地面をしらみつぶしに歩く。歩きながら、となりを歩く人と抱き合ったり、歌ったり、手をつないだり、踊ったりしている。
わたしのいる場所からみる歩く人の姿は、こびとのようにちいさい。
わたしはきく。
歩く人たちは、どこから来るんですか?
役人はこたえる。
人たちではなく、たくさんの歩く人です。
歩く人は、みんなちがう。
いっせいに歩いているようにみえるでしょう。
そうではないのです。たまたま、歩く人がたくさんいるのです。
わたしはきく。
なんのために歩くのですか?
役人はこたえる。
そんなの、きまっているじゃないですか。
あなただって歩くでしょう。どこかへ行くために。
わたしはきく。
この国の外へ?
役人はさかなのような目つきでわたしをみた。
どこかです。
この国を歩いて出ていくなんて、できませんよ。
 
翌日わたしは歩く人をみるために地面の近くへ降りていった。
地面のすぐ上の階にたつと、歩く人で道が覆われる様子に圧倒された。
幽霊になってもどこにも行けないこの国だが、歩く人はどこかには行けるのだろう。この国にも、どこかへつづく地面はあるのだ。
わたしはあの役人が、黄色と紫のまだらの服を着て、わたしの前を歩いていくのをみた。となりにいる歩く人と手をつないでいた。真夏の道は銀色に光るリボンのように湾曲してどこまでも伸びている。役人はわたしがはじめてみる明るい顔をして、軽々と足をふみしめていた。靴には青と赤の光る星が縫いつけられている。
歩く人は歩く。
どこかへ。
 
そのときわたしは思い出しかけた
もうひとりのわたしに
わたしはなにかを伝えなくてはならないはずだ
真珠のように堅いあの国のやねの下にいる
もうひとりのわたしに
切迫している、
わたしは、
しなくてはならない。
なにを。
帰る場所がないのに帰りたいと思うように
わたしには伝えることがなにもない
なにもないまま、伝える動作だけが
切迫している
 
そのとき突然乾いた音が空気を切って3回鳴りわたり、
次の3秒で氷の粒がおちてきた。
 
こぶしほどもありそうな雹のかたまりがたくさんの歩く人を打ち倒した。氷の粒が色とりどりの、歩く人の色を真っ白に染める。たくさんの歩く人は、歩く片足を空中に凍りつかせ、もがきながら区別のつかない白い岩となって立ち往生し、立ち往生するあいだに落ちてきた大粒の、こぶしほどもありそうな水の弾丸に撃たれ、撃たれつづけて塩のように溶け、街路を洗いながしていく。
 
あざやかで軽やかなやねとふねの国
やねのうえを泳ぐさかなの話を
もうひとりのわたしはおぼえているだろうか
地上を歩きまわるのは
鈍く、重苦しく、愚かなことだ
やねが遠くのかなたにあるわたしの国でも
地上を歩きまわるのは、かしこいことではない。


2014.8.1

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