【第1回】夢を見なくなると | マイナビブックス

詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

誰でも明日のことは考える

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【第1回】夢を見なくなると

2014.05.12 | 城戸朱理

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夢を見なくなると
眠りは深くなっていくが
目覚めてからが恐ろしい

本当に目覚めたのか
それとも、目覚めたということも夢なのか
あでやかに夏芙蓉は咲き
草いきれにむせるとき、
世界は陽炎となる

鳥の鳴き声だけが聞こえて。
姿もなく、声だけがさまよっている
その声も、やがて消えていく
そのとき、鳥も消えていくのだろう
鳥がきえていくとき
わたしもまた声になって、盲いていくから
夏芙蓉も消えていく


昨日のことは何かも覚えていない
ただ、遠い昔の記憶だけは鮮やかだ
つくしや野蒜を摘んで
土手を転げ回り、
川で焚火をしたっけ

あのころは、まだ
夜ごと、夢を見たから、
世界に向かって目覚めていられたのだろうか
理科室は、あまりに陽当たりがよくて
それなのに、いつも誰もいなくて
いけない遊び場になっていた
標本の骨まで透けるように。

誰かの泣く声も聞こえていたような気がする

いつのころからか、夢を見なくなった
いまだに残る夢の残滓にはあまやかな棘があって
そのくせに、あまりに苦い思い出に
ざわめく神経叢のわななきの、その残響がある
遠ざかるこいびとの影のように。

それも、まだ昨日のこと。

夢を見なくなると
明日のことは考えない

夢を見なくなると。

2014.5.12