詩、短歌、俳句の新しいカタチを探ります。紙から飛びだした「ことばのかたち」をお楽しみください

やねとふね

やねとふね

【第1回】亡命者

2014.05.16 | 河野聡子

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いまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる
ふねのような家、それとも
家のようなふねの窓から色とりどりの
屋根の列としっぽをふるさかなたちが見える
五月の晴れた日の空に、黒、赤、青、ピンクのさかなたちが
やねよりたかいところへのぼって泳いでいる

信じなくてもいいのだけど
この国では首都の、箱のような、城のような
役人がはたらく施設の上空にも、さかなたちが泳いでいるのだ
五月、やねの上で泳いでいるさかなたちは、こいのぼり、と呼ばれている
こいは、川に棲む、みずをのぼる
さかなの名前だ

コイヨ

やねより高いこいのぼりがほしければ
やねの上にのぼってあげればいい
単純なことですよ。
役人は朗らかに語る。
この国のやねのうえは流れに満たされ
家々はふねのようにほかのやねのうえを渡る

信じなくてもいいのだけど
この国で、コイということばは、さかなの名前だけでなく
ひとを気軽に、それとも乱暴に
呼びつけるときにも使われる
こいよ。
かつてわたしたちが呼びあったように
単純なことはなにひとつなかった
わたしの国で
さかなは空を泳がないし
やねは世界のすべてを覆っていた

こいよ。
わたしがまだ小さくて、丘を越えて学校へ通っていたころ、屋根は禁じられた場所だった。わたしたちの屋根の上にはせいみつで、きけんなものがあり、わたしたちのくらしを支えていた。わたしたちの屋根はとてもたかいところ、森の木のこずえがきらめくさらに上にあった。

わたしたちにはたくさんの禁止があった
入ってはいけない場所、やってはいけないこと、ひみつをつくること
禁止はわたしたちをつなぎとめていた
この国のだいじなきずなだった
こいよ。ねえ。

学校へいくとき、わたしたちは、削りだされた土の崖を縫う道をぬけ、丘を越えなくてはならない。わたしたちはその道を山道と呼んでいた。そこは常緑樹と枯れ木、むきだしの赤土の、暗い退屈な道だったから、わたしたちはひんぱんに山道をそれて、寄り道をした。崖をよじ登り、ひくい石垣をこえ、明るくひらけた森の畑に出る。畝のあいだの細い道を通ることも禁止されていて、わたしたちは明るい畑を横目に見ながら、一列になって、木々の影を追って歩いていく。

みんなで一緒に帰る学校からの道で、いちばん小さかったわたしたちは、列のいちばん最後を歩いている。歩くのを禁止されている、丈高く茂った豆畑の横で、ちらりと帽子をかぶったおとなの影が見えたときには、みんないっせいに走って逃げ出す。最後にいたわたしたちは一瞬遅れ、それでもいっしょうけんめい走ったはずだ。たちまち置いてきぼりになったのは、足がもつれたわたしのせいだったのかもしれない。

みんなの姿はずっと遠くの木々に隠れたかのように見え、わたしたちは半泣きで走りつづけた。焦って、こころぼそくて、わたしたちはたしかに怖かった。わき目もふらずに走り、ようやくみんなに追いついて山道へもどった。しばらく歩いたあとにやっと、上履き入れを落としたことに失くしたことに気がついた。わたしのなかで、お腹にぴいんと冷たいものが通り抜けるような一瞬があった。上履き入れは母の手作りだった。家に帰って尋ねられたとき、わたしは「学校へ忘れた」とうそをついた。そのあとずっと、足が大きくなってもう上履き入れがいらなくなるまで、うそをつきつづけた。

わたしがだんだんわたしたちでなくなった、最初のできごと。
そしていまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる。

こいよ。ねえ、どうしてこないの?

わたしたちが最後に話しあったとき。
わたしたちはためらい、まよい、話につまり、
そしてじゃあまた
と、
手のひらをふりかえした
じゃあまた、と

さかなが泳げそうなくらい
うすぐらい雨の中にいて
わたしたちの顔はよく
みえなかった。

いまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる

わたしはもう、わたしたちなんて、けっして言わない。

2014.5.16

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