新しい器官
昆虫が電流のやうな速度で繁殖した。
地殻の腫物をなめつくした。
窓から入りくる下等なる黒い三角形 悦史
ある素体鰻の群のやうに逃ぐ 悦史
節足動物的民主制や南太平洋一帯 悦史
美麗な衣裳を裏返して、都会の夜は女のやうに眠つた。
あふむけのちぶさながるる湯ざめかな 猿丸
睡眠しつつ電場を満たし溺れぬ男性 悦史
水母また水母がゑぐりゆく都心 智哉
私はいま殻を乾す。
鱗のやうな皮膚は金属のやうに冷たいのである。
超伝導す四対の脚の骨格勲章 悦史
顔半分を塗りつぶしたこの秘密をたれもしつてはゐないのだ。
夜は、盗まれた表情を自由に廻転さす痣のある女を有頂天にする。
繃帯に滲むパイナップルの汁 智哉
誕生時には約一億度の女性なり 悦史
太字…左川ちか『左川ちか全詩集 新版』(森開社)収録「昆虫」より
2015.3.3