ここと うたと ことばのれんしゅう
九月某日
じてんしゃのまえに ここ(むすめ、1才6ヶ月)を乗せて
じてんしゃで緑地をいくときは伏し目がちでいく。なぜか。
それは、そうしていると、
みちの右にひだりに わんと生えている木々の、
日を浴びてひかるみどりの 濃い、びりじあんやらきみどりやら。
ちょっとした高さ、低さ、葉のしゅるい、そのいっぽんいっぽんのいろいろ。
その、いろいろが、
ぼくのうえのまつげのような気がしてくるから。
緑地をいくとき ぼくはマスカラをしている。
ファイバー?繊維?は いっさいつかわれてない、
天然の、緑地のみどりたちが、
それこそ そのいっぽんいっぽんが束になって、生命力、めくらめっぽう
目のうえから前に 長く長くのびている。そして風がふく。
ばっさばっさ ごうごうごう
ばっさばっさ ごうごう
このまつげは、ほんとうに長い。まだまだ しばらくはとぎれない。
ここと風をうけながら このみちをいくのがすきです。
九月某日
このところ、ここは のり巻きのおにぎりばっかり食べている。
さいしょは、よく食べてうれしいことだ!
とよろこんでいたのだけど、
あまりにものり巻きばっかり、そればっかりで、
まえは食べとった、米(のりなし)や、ホットケーキだと
冷淡に首をふる。ひとめで何かがあかんらしい。
この頃は炊き込みごはんにも、チキンライスにも のりを巻いています。
ぜんしんで今を生きているここちゃんを
今みてることが生きることだと 今橋 愛
きげんよくぼうけん中。はねてるみたい。
2014.9.20