「デジタル回帰」|WD ONLINE

WD Online

永原康史の「デザインにできること」 Web Designing 2015年12月号

「デジタル回帰」 メディアとデザインについて考える

ブックデザインやWebプロジェクト、展覧会のアートディレクションなどを手がけ、メディア横断的なデザインを推進しているグラフィックデザイナー、永原康史氏によるメディアとデザインに関するコラム。

2014年の夏、「タイポグラフィのコンクレーティズム」というひどく難解なテーマの講演と対談を依頼され、さてどうしようかと考えた。

20代のころに関わった『rock magazine』という雑誌の編集長で音楽批評家の阿木譲さんによる出版記念のイベントのひとつで、ミュージック・コンクレート(1940年代後半、フランスで起こった音響・録音技術を使った電子音楽)を源流とする、古いモジュラーシンセを積極的に使うようなサウンド志向を「コンクレーティズム(具体主義)」と名付けたという(ビニール盤やカセットテープの流行なんかも含まれるのかもしれない)。

ここは、「具体(concrate)」とは何かをもう一度問いなおす機会でもあったのだが、頭が先に反応して、ぱぱっと話の構成ができた。コードによってよみがえる身体性をテーマに、いくつかの本を紹介しつつ、最後はアルゴリズミックタイポグラフィの実演で締めくくる。そういう流れである。

 

本は『Designing Programms』『Typeface as Program』『Fluid Concepts and Areative Analogies』の3冊。『Designing‥‥』は、スイスのデザイナー、カール・ゲルストナーによる1963年刊行の名著で、手順や変数の概念とデザインとの親和性が解き明かされている。『Typeface as‥‥』と『Fluid concepts‥‥』は近年の本で、『Typeface as‥‥』には数理的にデザインされた書体を木活字化して大型ポスターに仕上げていくプロジェクトの様子が収められており、大きなヘッドフォンをはめて木活字を組む姿がターンテーブルを操るDJのようでかっこいい。逆に「思考の基本的な仕組みのコンピュータモデル」という副題がついている『Fluid concepts‥‥』は、この3冊のなかでは一番アカデミックな内容の本だが、意外にデザイナーには馴染みがよく、図版を見ているだけで納得してしまうところがある。

これらの本のめぼしいページを写真に撮って紹介しながら、アルゴリズミックタイポグラフィへと話を導いていき、コンピュータで自動的に配置した詩を、鉛筆をさしたプロッターで描き出す実演を行った。反応は上々で、ライブは強いとあらためて思った。

 

ぼくは、2007年に多摩美術大学で開催された「INSIGHT VISION II」展に「星座の解体」というステファヌ・マラルメの詩、「骰子一擲」に材を取った、コンピュータが自動で配列するタイポグラフィ作品を発表し、08年(Central East Tokyo)、09年(タイポロジック展)、10年(個展)とそれをプロッタで書き出したドローイングを立て続けに展示した。それが、その実演のオリジナルである。

構想は1980年代にさかのぼる。Macintoshではじめて日本語が使えるようになった1985年、ぼくの興味はコンピュータでデザインすることだった。

ぼくが初めて使ったコンピュータ支援のレイアウトマシンはNECのPC-98(国内占有率90%を誇った、Windows全盛以前の代表的機種)によるもので、CADのようなソフトに写植の指定(文字を組むための指定)を入力すると、ドラフタのような大型プロッタが、レイアウト図面を引いてくれる、そんな装置だった。

実際に使ってみると、やはり見出し部など細かく人の手が入るところに対応しきれなく、実用に耐えるものではなかった。しかし、赤ペンをさしたアームがぐいぐい動いて線を引いていくプロッタの動きが爽快で忘れられないものとなった。

2000年前後だったと思う。そのドラフタ型のプロッタでタイポグラフィを直に描き出すという着想を持った。そこで、そのかつて使ったシステムを探してみたがない。古いプロッタも、もうどこにも見つからなかった。その後、カッティングプロッタのMac用ドライバが開発されたことを知って、使ってみたのが制作の直接のきっかけとなった。

 

話を戻すと、その講演を機に、やっぱりコンピュータは面白い、本来やりたかったのはこっちだなと考えはじめた。ぼくは、フィジカルコンピューティングやデジタルファブリケーション、さらにはiOSアプリにもあまり興味が持てず、ここ10年あまりのデジタルデザインの潮流を傍観していたのだった。しかし、「コンクレーティズム」はコードでデザインしていたころの楽しさを思い出させてくれた。「具体」はアルゴリズムとパラメータの物理性のなかにあったのである。

 

Text:永原康史
グラフィックデザイナー。多摩美術大学情報デザイン学科教授。現在 「あいちトリエンナーレ2016」の公式デザイナーを務める。本コラムの10年分をまとめた『デザインの風景』(BNN新社)など著書多数。写真は、『Typeface as Program』の1ページから。講演で紹介した一枚。

掲載号

Web Designing 2015年12月号

Web Designing 2015年12月号

2015年11月18日発売 本誌:1,559円(税込) / PDF版:1,222円(税込)

動画マーケティング時代の成功法則/SSLを理解する

サンプルデータはこちらから

■ 特集:動画マーケティング時代の成功法則
 ネット動画で変わる集客・販促・ブランディング

■ 集中企画:SSL導入実践ガイド
 Webディレクター/マーケターは、もう知らないでは済まされない!

■ WD SELECTION
 WDが選ぶ注目のデジタルコンテンツ
西尾維新公式サイト/G・U・M PLAY/株式会社モリサワ コーポレートサイト/Wonderwall/開かずのウェブサイト/ロレアル パリ EMOTIONAL ROUGE/くつろぎ族-金麦〈琥珀のくつろぎ〉-/UNIMEDIA/TryMore Inc./Andrew Harzog/「G展」スペシャルサイト「MEETinG」/NIGHT WAVE

■ ビジネス・EC
 □ ECサイト業界研究
 動画コマース:近くて遠い、EC向け動画の作成・活用法

 □ 月刊店舗設計
 ネコリパブリック:熱い思いやストーリーを伝えることで顧客の共感を呼ぶ

 □ モバイルビジネス最前線
 Anyca:個人間カーシェアリングで新しいクルマの持ち方・乗り方が生まれる?

 □ 知的財産権にまつわるエトセトラ
 著作権の保護期間「戦時加算」って知っていますか?

 □ Bay Area Startup News
 自分のクルマを使わないときにシェアするサービス「Getaround」

■ マーケティング・プロモーション

 □ サイト改善基礎講座
 閲覧開始ページの直帰率改善に取り組む

 □ ハギハラ総研
 PCに匹敵するスマートフォンからの動画視聴

 □ デジタルプロモーションの舞台裏
 広告を望まない商品ブランドが展開したコミュニケーション

 □ 行動デザイン塾
 人が動きたくなる「手段が目的化した行動」

 □ 課題解決のためのUI実装講座
 待ち時間のストレスを軽減するプログレスバー

 □ 解析ツールの読み方・活かし方
 アクセス解析とユーザーヒアリングの両輪でPDCAを回す

■ クリエイティブ・コラム

 □ ナビゲーターが選ぶ注目のデジタルコンテンツ
 [バズ施策]モテ女子の秘密♡:五五七二三二〇 眞鍋海里
 [デジタルプロモーション]美味しいを環境でつくる:THE EXTREME LATTE 試飲会 築地 Roy 良
 [Webサービス]複雑性と汎用性の狭間:Formlets 仲暁子
 [IoT]自動車産業に切り込む:DriveOn 神谷憲司

 □ モノを生むカイシャ
 RIDE MEDIA&DESIGN:サスティナブルな会社の在り方

 □ 清水幹太の「Question the World」
 Rafaël Rozendaal:ネット超大好き人間から学ぶ、自由との付き合い方

 □ ツクルヒト
 榊原澄人:「フレーム」を超えて動き出す世界

 □ 最果タヒの「詩句ハック」
 第18回 いまなん詩゛?

 □ デザインにできることMonologue
 Vol.143 デジタル回帰

 □ エキソニモのドーン・オブ・ザ・ボット
 ロボットがロボットを作る時代がもうすぐ? 人間の呪縛から逃れたロボットの家族観

■ インフォメーション
 □ Topics
 ヨコかな?(AI EMOJI©)/2015年度グッドデザイン賞

 □ Movement&News
 謎に包まれた天才写真家ヴィヴィアン・マイヤーとは何者か/オンライン動画コンテスト「BOVA」、作品募集を開始/湖畔にある美術館で巨匠・浅葉克己の個展/驚きと発見と感動をもたらす建築家フランク・ゲーリーの2つの個展 ほか
 東京モーターショー2015/経済産業省「Innovative Technologies」/総務省、IoT向けに「020」番号を割り当て/minne、積極的な拡大戦略を発表/YouTube向けショッピング広告施策を発表/「縦書きWebデザインアワード」作品募集開始