2016.09.01
モバイルビジネス最前線 Web Designing 2016年10月号
MagicPrice : アドテクの活用でホテルの最適料金を予測 “世界”を狙ったB2Bサービスと展開
旅行や出張で利用するホテルの宿泊費は、オートマチックに決まっているわけではない。季節、周辺の相場、予約状況などさまざまな情報と、ホテルの従業員による経験や勘をもとに決められているという。そんななか、アドテクを利用した自動化サービスを展開するのが株式会社空。ニッチだが大きなB2B市場を創造する可能性がここにはある。
料金設定自動化Webサービス
今回紹介する「MagicPrice(マジックプライス)」はホテルの宿泊料金設定を自動的に最適化するB2B向けサービスだ。
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ホテルなど宿泊施設の料金を自動設定するB2Bサービス。これまで施設のスタッフが経験と勘を頼りに時間をかけてやってきた作業をAIが代行することで、より精度の高いマッチングが可能に。取材時点ではβバージョンのプロダクトを10社ほどに先行提供するプログラムを展開中で、サービス提供を開始したばかりだ。本連載開始初の「非モバイル向けサービス」の紹介となる。
宿泊施設の料金設定には周囲の相場、イベントの有無などさまざまな要素が影響し、それらが常にめまぐるしく変動している。そのため多くの施設では担当者が毎日直近の予約状況を眺め、経験と勘を頼りにエクセルとにらめっこしながら運用するのが実態だという。外国人観光客の急増で大都市圏の宿泊料金高騰が問題となっているが、舞台裏を覗いてみれば、前例のない急激な変動に翻弄された担当者が値付けに失敗し、機会損失しているケースも少なくないそうだ。
MagicPriceは、この「宿泊料金の設定」の最適化を自動的に行う。部屋の数や種別、過去の実績データ、周囲の相場などをもとにAIが需要を予測し、その時々の適正料金をカレンダーの形をしたダッシュボード上に提示する。担当者の仕事はMagicPriceが提示する価格の承認・調整程度になる。PDCAサイクルが高速化するためミスマッチが生じにくくなり、機械学習を通じて、使われるほど精度が向上していく。いいことづくめだ。取材時点で10社ほどに先行提供する限定のβ版サービス提供を開始したところで、多くのホテルなどから引き合いが来ているという。
サービス案ができたのは今年、2016年になってから。開発から数カ月、現在従業員2名のベンチャー企業だが、今では世界的ニッチ・トップ(Global Niche Top=GNT)を狙えるポジションにある。
ニッチなニーズに光を当てる
「MagicPriceのようなWebサービスは、他に例がありません。米国にはプライシング(料金設定)のコンサル会社が多くありますが、Webサービス化されてないんです。MagicPriceはアドテク(Web広告関連の技術)のリアルタイム入札などの考え方をベースに、独自に考案したアルゴリズムでつくりました。」(松村大貴氏)
本連載でモバイルとは直接関係のないサービスを取り上げるのはMagicPriceが初めてだ。しかし見方を変えればモバイルの辺縁ビジネスと考えることもできる。ユーザーがスマートフォンを通じていつでもどこでも消費行動できる社会となったいま、あらゆる業界でこの新しい消費行動への対応が迫られている。ところが、企業が個別に対応するにはハードルが高く、それらのニーズはニッチすぎて表沙汰になりにくい。MagicPriceはそんなホテル業界のニッチなニーズをいち早く捉え、しかも既存のアドテクの考え方を使って素早くモデルとなるエンジンを開発し、サービス化した。さまざまなベンチャーファンドから投資を得て、まさにこれから急拡大するタイミングにある。
「実は当初、消費者向けの予約サービスも検討しました。しかし、B2Bサービスのほうがオンリーワンのサービスになれると、選択しました」(松村氏)
これからのモバイルビジネスを考える時、こうしたビジネス設計の視点も必要なのではないだろうか。また、このアプローチは他の業界の他のニッチ・ニーズでも応用できるのではないだろうか。
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MagicPriceのダッシュボード画面。カレンダー型のテンプレートに最適化された料金が並び、システムが提示する料金を承認・調整できる
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ダッシュボード上部にある棒グラフは稼働率を表す。「最初に触った人が感動するレベルにしたい」(松村氏)と、シンプルでわかりやすいUIにこだわっている
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ホテル業界が抱えるおおきな課題が、最適な宿泊料金の設定。シーズンや周囲の相場などを鑑みながら、ホテルの従業員が他の作業を行いつつエクセルを使って設定するのが現状だという。MagicPriceは自動的に最適な料金を提示してくれるので、利用者にとってはかなりのコスト削減が見込める。利用料金は月額課金とコンバージョン課金、どちらでも選べるような設計を想定しているという。当面の目標は1000~2000施設での導入だ
キャリアを活かし、夢に近づける
起業のきっかけは、松村氏が大学在籍当時に観た映画『ソーシャル・ネットワーク』の衝撃だった。
「ヤベェェ! と(笑)。同世代であの映画を観て起業した人は多いんです。私は法学部でマーケティングを研究する学生でしたが、、触発されて自らコードを書いてサービスをつくりもしました。でも、そのまま独立はできず、新卒でYahoo!Japanに就職しました。きっかり3年働きました」
Yahoo!社では海外の優良なアドテクサービスを見つけ、日本に導入するという仕事に就いた。その後、ブランディング部門を経て2015年4月に独立起業する。事業内容は、なんと電気飛行機の開発! しかし、飛行機開発には制約や規制が無数にあり、莫大な資金が必要と知る。
「飛行機開発の事業は、お金をつくってからでないとだめだ、と(笑)。半年ほどで事業をピボットしました。キャリアを活かせて、できれば、航空業界に近い事業。そして年末年始にさまざまな関連業界をヒアリングする中で見付けたのが、ホテルの料金設定という課題でした」
起業家仲間らと事業案を研ぎ、2月からは独自に開発をスタート。ピッチ大会では投資家から大きな注目を集めた。松村氏が前職で関わってきたアドテク技術を応用するという具体性、ニッチながらも大きなマーケットの可能性、業種への展開性などが高く評価された。
6月にYahoo!社時代の同僚、田仲紘典氏を迎え入れ、7月にはβ版の導入、投資家からのシードラウンド投資を獲得するなどスピード展開を見せている。
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写真左は2016年3月に開催されたピッチイベント「OPEN PAAK DAY」の様子。評価され、コロプラ賞を受賞した。「投資の面でもベンチャー経営者の支援体制という面でもかつてないほど環境が充実してきている」(松村氏) 写真右は2016年6月に開催された「Web In Travel JAPAN」での様子。積極的にプレゼンの機会を作っている
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現在チームはリクルート社が提供するTECH LAB PAAKに席を置いている。さまざまなベンチャー企業が集まるインキュベーション・スペースだ。TECH LAB PAAKでは、籍を置く会社のTシャツがタペストリーのように並ぶほか(左上)、卓球台が置かれるなど(右上)オープンな雰囲気の空間だ。株式会社空などのベンチャー企業だけでなく、起業を志す学生も集まる注目の拠点となっている
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「ジブリが大好きで、紅の豚に出てくるような形の電気飛行機を飛ばしたい、と電気飛行機開発の起業を考えました」写真は、企業初期に行っていた小型機調査でアメリカ、ロサンゼルスの個人用飛行場に行った時のもの。電気飛行機ではないが、設計の参考にと写真に収めた
既存の生態系を活かした展開
既存システムとのAPIでの連動も戦略的だ。導入負担を最小化できるだけでなく旧来のビジネス生態系を活用できる。日本のホテルで使われている情報管理ツールの提供企業は限られているので、いくつか実績ができれば大抵の基本的技術仕様の見通しがつくという。類似サービス提供企業が存在しない現在、世界市場独占の野望、ホテル宿泊料金以外の業界の展開というカードもある。
「一般の人には目立たなくても、いろんな国、いろんな業界で利用されている、Paypalのような存在を目指しています。」
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Web上に掲げられている株式会社空の4つのバリュー。「SORA = Happy Growth Company」というキャッチコピーとともに、同社の企業文化や働き方を示している
独自の企業文化を大切にする
同社のコーポイレートサイトには「革新的なサービスをつくりながら、幸せな働き方を世界に広める」、と掲げられている。広める対象が自社サービスではなく、幸せな働き方、となっているのがユニークだ。
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「Happy Growth Cycle」と名付けられた循環モデル。働き方、企業としての成長、サービスの価値、人材などがエコサイクルとして循環していくことに注力していくという。とてもユニークな発想だ
「MagicPriceは事業をピボットして生まれたサービスです。いつまた再びピボットするかわかりません。MagicPriceにコミットする人ではなく、企業カルチャーにコミットできる人たちと、チームをつくりたいのです」
松村氏と田仲氏ふたりがつくった会社方針はWebに公開されていて、それを見て会社に興味を惹かれ、面談希望の連絡を寄せる人も多いという。ビジネスのスキーム、展開、企業文化重視の姿勢、どの角度で切り取っても、ネタが出てくるのに驚かされる。顧客企業の成功実績とマネタイズによる収益の見通しが揃ったとき、怖いものはなくなるのではないか。
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会社名の「株式会社 空」、Webサイトのドメイン名であるsora.flightは、電気飛行機開発の名残りであり、夢はまだ続いている
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- Text:中谷健一
- トリムタブジャパン(有)代表取締役。2000年からモバイルの通販・マーケティングに携わる。現在は新規事業コンサルティング業。本連載ではモバイルデバイスに関するビジネスの最新事例と、そのチームの素顔に迫る。 http://www.trimtab.jp/ Twitter: @kenichi_n