2016.07.04
モバイルビジネス最前線 Web Designing 2016年8月号
サカチャン:「スポーツ×インターネット」が創る人と人を繋ぐ新しいビジネス SkyBallが描く、スポーツとITビジネスの融合
インターネットは歴史的にスポーツと好相性だ。結果速報、ハイライト動画、SNSを通じたファンとの交流…と、プレイヤーとファンの距離を縮める役割を担ってきた。そして現在、モバイルやVR技術の進歩、ビッグデータ解析などの普及によってさらにその関係を縮めようとしている。このチャンスをビジネスに昇華するのがSkyBall(株)だ。
「スマホ動画」は既に過半数越え
スマホの動画利用が増えていると実感する人は多いだろう。公共空間で動画視聴する人の姿は明らかに増えたし、テレビでは投稿動画紹介コーナーが人気だ。
ネットワーク製品メーカーのシスコシステムズが今年2月にリリースした白書『Cisco Visual Networking Index:全世界のモバイルデータトラフィックの予測、2015~2020年アップデート』(※1)によると、2015年は「モバイルデータトラフィック全体の55%を」モバイル動画のトラフィックが占めた、とある。すでに過半数が動画利用なのだ。2020年には75%になると予測されており、近未来のモバイルビジネスの極のひとつに動画が収まることは間違いない。今後、どんなサービスが登場するのだろうか? 今回紹介するスマホ向けサッカー動画紹介メディア「サカチャン」は、一見地味ながら、そこに一つの可能性を示す例になりそうだ。
サカチャンを一言で言えば、プロサッカーのJクラブチームに独自取材した練習動画を、スマホに最適化して配信するメディアだ。動画はスマートフォン視聴に最適化されており、縦横比1:1(正方形)、尺は30秒以内となっている。目玉コンテンツは「360度動画」。VRヘッドセットで視聴すると、まるでフィールドに自分も立っているかのような感覚を味わえる。
「横浜F・マリノス、中村俊輔選手のフリーキックを、ゴール前の壁の一人となって視聴できる360度動画は、公開から48時間で20万人にリーチするという大ヒットコンテンツになりました」(熊谷祐二氏)
※1 http://www.cisco.com/web/JP/solution/isp/ipngn/literature/white_paper_c11-520862.html
スポーツのチカラはすごい!
サカチャンをつくり上げた熊谷氏は異色の経歴を持つシリアルアントレプレナーだ。高校時代は甲子園を目指して野球に打ち込み、3年時には埼玉県大会ベスト8まで進むも惜敗。その頃テレビで話題となっていたライブドアによる球団買収の顛末を見てIT企業に興味を持った。大学進学後、2年生の時に当時上場直前のIT企業でアルバイトとして働きながら上場に駆け上がる熱気と仕事の面白さを知ったのだという。そして翌年、自らITベンチャーを立ち上げる。
「Webサービスを立ち上げ、大学卒業後も含めて7年会社を運営しました。しかし途中、抱えた借金の返済に奔走するなどして、かなり苦しい起業経験でした」
ソーシャルゲームに事業をピボットして借金を完済したタイミングで、インテリア関連のキュレーションメディア「iemo」の創業チームから声がかかり、2014年にiemo(株)の共同代表取締役COOに就任した。同社は創業してすぐ猛烈な成長を遂げ、2014年にDeNAに買収された。熊谷氏はほどなく事業を離れ、世界一周の旅に出かけた。
「次に、何をやろうかな、と。今度はゼロからイチをつくり出す仕事がしたい、やるからには120%の情熱をかけられる仕事をしたい、と考えていました」
世界のさまざまな都市を巡る中で、印象に残ったのはスポーツへの熱狂だった。
「サッカーのチャンピオンズリーグは世界中どの国でも、みんな見ているんです。スポーツのチカラは、すごいな! と」
元球児のハートに火が灯った。
新しい「スポーツ×ITビジネス」
「インターネットとは、離れている人と人とを繋ぐもの。そしてスポーツも人と人を繋ぎます。インターネットとスポーツをあわせるのはアリじゃないか? と」
米国ではスポーツプレイヤーが直接コンテンツ発信するサービス(「The Players' Tribune」※2や、選手らの自撮り動画「UNINTERRUPTED」※3など)が人気を集めている。さらに世界的に、スポーツの試合動画などをビッグデータ解析技術を使って実践に活用する「スポーツ・テック」が話題にもなっている。目前に大きな波が来ているのを感じた。
そして、目をつけたのがプロサッカー選手の練習動画メディアだ。
「サッカー・ブラジル代表のネイマール選手が子どものころ、ネット上の選手の練習動画をマネしていたという話にヒントをもらいました。実際、調べてみると、現代のサッカー少年たちはYouTubeでスーパープレイ動画なんかを観て、マネしたり、練習したりしているんです。ただ、やるからにはプロを巻き込みたいと考えました」
そして、創り上げたのがクラブチームへのアプローチを軸にした新しい「スポーツ×インターネットのビジネス」だ。
「クラブとコミュニケーションを図り、練習動画メディアを通じてプロモーションの一端を手伝う一方、今後日本にも大きな波となってやってくるスポーツ×IT分野の商社的な役割を負います。VR動画活用やスポーツ・テックなどの技術サポートのほか、Web上でのユーザーコミュニティ運営などもサポートできると考えています。中長期的に目指しているのはメディアではなく、プラットフォーマーなのです」
※2 The Players' Tribune
※3 UNINTERRUPTED
スポーツは人を動かす
サカチャンでプロ選手の練習動画を見つけて練習した子どもが、自分の試合での成果をスマホからコミュニティに発信する。そこに当のプロ選手が「よくやった!」とコメントする…そんな風に繋がったなら、選手とファン、個人とスポーツの関係は、マスメディア時代には想像できないほど感動的で強固なものになるだろう。人と人を繋ぐふたつの力の掛け算は、爆発的なインパクトをもたらす。
「“スポーツの未来をテクノロジーで変えてゆく”というのがわたしたちの理念です。一般の方でもスポーツやスポーツ観戦中心の人生を送っている人っていますよね。スポーツは人を動かすエンジンになり得る。サービスへの集客という点でも、優秀な人材の獲得という点でも、大きな力になると考えています」
素早く、しかし、急がず成長する
SkyBallの主要メンバーは取材時点で3名、業務委託やインターン生も含めても10人ほどの小さなチームだ。
「取材を行うチームも増やしていく予定ですし、年内にはサッカー以外のスポーツでの展開もあるかもしれません。大手企業が手を出してくる前に、素早く、ステルスで攻める戦略が必要です。けれど、この事業、愛着が湧きすぎていて、事業のエグジットを焦るつもりはさらさらありません(笑)。じっくり育てていきたいです」
モバイルを軸に、スポーツ×インターネットの新しいビジネスの未来を開いていくこのチーム、どんな成長をしていくのか、目が離せない。