2015.11.30
モバイルビジネス最前線 Web Designing 2015年12月号
新しいクルマの持ち方・乗り方が生まれる!? 個人間カーシェアアプリ「Anyca」が乗り越えた参入障壁と地道なサービス磨き スマートフォン時代を彩る新しいエコシステム
住宅、ファッションなど、従来は個人の所有物として考えられてきた分野でも、最近ではシェアサービスが次々生まれ活況を呈している。単にモノを貸し借りする楽しみだけでなく、お金のやりとり・利用者間の対話によって新しい価値観やライフスタイルが生み出される。スマホアプリは、その絶好のプラットフォームなのだ。
乗ってみたいクルマに乗る楽しさ
「Anyca」(エニカ)は、個人間でのカーシェアを実現するサービスだ。その新規性に加え、よくこれだけ集まったな!と驚かされる個性的な車のラインナップでも注目を集めている。「“乗ってみたい”に出会えるカーシェアアプリ」というタグラインからも、レアなクルマを戦略的に集めたことがうかがえる。ユーザー登録から、予約、保険契約、決済、鍵の貸し借りまで、クルマをシェアする人(オーナー)もそれを利用する人(ドライバー)も、すべてスマホアプリで完結する。オーナーがシェア料金を設定し、その10%がDeNAの収益となる。
「登録台数は、首都圏を中心に、9月の開始時で200台程度、現在(取材時点)は450台程度です。まだまだ『借りたい人の近所に乗りたいクルマがある』という状態ではありませんが、ドライバーが電車を使って(受け渡し場所に足を運んで)でも乗ってみたいと思ってもらえるようなクルマを揃えました」(大見氏)
10月23日現在で、累計500回の利用(うちシルバーウイークの5日間で100回)があったという。登録台数を考えると、大盛況だ。
「競合サービスと比較してユニークなのは、車種の豊富さだけではありません。オーナーさんが貸し出し料金を値付けしているので、高級車やクラシックカーでも高いとは限らないんです。また、現在は鍵の受け渡しを対面で実施しているため、カーシェアリングを介して対話やコミュニティが生まれているのも特徴です」
オーナーとドライバーがクルマ語りで意気投合して飲み会を開催した、傷のある状態のクルマを貸したらドライバーが好意で修理して戻してきたなど、ユーザー間の交流も相当な盛り上がりを見せているそうだ。
クルマの購買行動を変える可能性
クルマのオーナーは、カーシェアリングでどれくらいの収入を得られるのだろうか。聞いてみると、「月に1回以上シェア実績のあったクルマの平均の維持費軽減額は約2.5万円です」と教えてくれた。「維持費軽減額」とはなんだろう。
「カーシェアリングはレンタカー業ではありません。オーナーさんが負担している維持費をシェアによって軽減するというのが前提です。ローンや諸税、メンテナンス費、駐車場代などの費用の情報からAnyca独自のロジックで月当たりの総維持費を算出し、その金額を超えないようにシェアする仕組みになってます」
法的な規制をクリアするための工夫だというが、逆に考えればクルマオーナーはAnycaを使えば実質的に維持費ゼロでクルマを所有することも不可能ではない。そうだとわかれば、たとえばちょっと値段は高くてもAnycaで人気の出そうなクルマを購入したほうが得!といった購買判断をする人も出てくるかもしれない。
「オーナーさんがクルマを手放すとき、利用実績のあるドライバーさんに売るというケースも考えられます。将来的には、それもビジネスになり得ます」
そのクルマを購入したドライバーさんが、さらにAnycaでクルマをシェアして‥‥と、アプリの周辺に新しい消費生態系が生まれる。単なるモノの貸し借り・売り買いではなく、クルマに対する愛着・情熱を通じた人と人のつながりも付随する。おもしろい話ではないか。
事業ハードルを越える組織力
海外で同様のサービスの成功事例があるのに国内ではAnycaのほかに参入がないのは、ハードルが極端に高いためであると大見氏は指摘する。
「一つは市場規模の精査。次に法規制。これは誰に聞いてもクリアするのは難しいと言われました。三つめは保険。1日単位でかけられる自動車保険は企画当時には1社でしか商品化しておらず、断られればそこでおしまいでした。四つめは事業成長に欠かせないスマートキー(スマホでドアを開閉する装置)。自動車業界の方からは『それはメーカーが許さないだろう』と忠告されました」
どの一つを取っても、やっかいな問題だ。アイデアがあっても体力のないベンチャー企業ならば断念しそうだし、大資本企業でも自動車業界に縁があればメーカーとの軋轢を恐れて踏み込みにくい。そこにチャンスがある。
「弊社には『コトに向かえ』とか『逆境を突破しよう』という姿勢があります。ユーザーが必要とするものを先回りして考えて提供しようとする『企業文化』のようなものかもしれません」
5カ年計画の事業展開分野として、会社として自動車分野を挙げたのが2014年の4月で、役員と大見氏で具体的な事業検討を始めたのが8月。9月に決裁を取るとノックアウトファクター(事業の棄却要因)対処の目処をつけ、今年1月にはアプリ開発に着手している。このスピード展開を主導したチームリーダーとしての大見氏の手腕にも舌を巻くが、世の中の常識を変えるためにバックオフィス(法務・渉外・広報・開発・調査のチーム)が全力で支援する体制ができているというのは驚異的だ。
地道なサービス磨きも忘れない
行政や業界、異業種相手に大立ち回りをしながらも、サービスの磨き込みにはモバイルコンテンツ企業らしい、地道なアプローチを仕掛ける。
「新人メンバーの親御さんが有名なクラシックカー・ディーラーの社長さんで、レアなクルマのオーナーさんたちを紹介してもらいました。飲み会に顔を出して若者のクルマ離れを訴えると、『クルマのよさを継承するために俺のクルマに乗ってもらいたい』というオーナーさんが次々登録してくれました。クルマ愛がすごいんです」
また、ユーザー向けの説明会や撮影会も実施している。
「撮影会は東京で開催しているのですが、中には名古屋から駆けつけてくれた方もいます」
そのほかにも、都内のいくつかの駅前でチラシを配布して、地道に認知・利用促進を図っている。
新しい個人間カーシェアリングが始まる
アプリはクルマとドライバーとのマッチング、パートナーの保険会社とのシステムとの連結、決済、オーナーとドライバーの連絡など、さまざまな機能を盛り込んでいる。DeNAのCTOの川崎修平氏自らが設計・開発した渾身のプロダクトだ。
「人によってはWebの方が使いやすいという人もいると思いますが、スマートキーデバイスとの連携を考えてアプリだけの運用にこだわりました。早ければ、年内にもスマートキーのサービスもリリースできる予定です」
それでもまだ想定機能の五合目だという。新しいカーシェアリング、ひいては新しいクルマの持ち方・乗り方の価値観をスマホアプリが作っていく。世の中を変えるイノベーションの物語が、いま始まっているのだ。