2016.01.06
モバイルビジネス最前線 Web Designing 2016年1月号
MYALO:禅×脳科学によるストレスコントロールの最新手法「マインドフルネス」を学ぶスマホアプリ スマートフォン時代を彩る新しいエコシステム
企業での「ストレスチェック」が12月から義務化された。会社員の6人に1人は社内うつと言われており、ストレスは現代の社会問題となっている。そんな中、公衆衛生の専門家集団が注目したのは「マインドフルネス」という、禅の修行を源流とする瞑想メソドロジーだ。スマホアプリを使って、そのメソッドの定着を図っている。
注目の「新しい瞑想」をアプリで学ぶ
「マインドフルネス」は、ほとんどの人にとっては耳馴染みのない言葉だろう。しかし、米国のビジネスエリートたちが今、注目しているキーワードの一つなのだそうだ。
「マインドフルネスは、非宗教的な瞑想の習慣を通じて得られる気づきや、注意を払うことの感覚を指します。ビジネススクールの教授らが、2010年代になってこぞって本のタイトルに使っていました」と、今回紹介する「MYALO(ミャロ)」を手がけた米倉章夫氏は言う。
瞑想と言うと、日本人は禅寺での座禅修行などを思い浮かべるが、マインドフルネスはフィットネストレーニングのようなスタイルの瞑想だ。脳科学などの研究から知的生産によい効果をもたらすことが確認され、ウォール街やシリコンバレーの企業が導入するようになった。中でもGoogleは、マインドフルネスの社内インストラクター養成プログラムまで作るという熱の入れようだ。こうしたことも話題になって人気に火がついた。
この新スタイルの瞑想を気軽に実践できるのがMYALOだ。日本初のマインドフルネスアプリだろう。メインコンテンツは、瞑想のための音声ガイダンスで、ユーザーのレベルによって異なるのだが、所要時間は初級者向けで1回7、8分程度。スマホ+ヘッドフォンで使えば、職場の休憩時間などでも気軽に実践できる。プログラムは全部で56セッションあり、一部が課金コンテンツとなっている。
瞑想の前後で心拍の測定やミニゲームが提供され、身体変化を数値で確認できるのもおもしろい。「瞑想によって、ほんの短時間で、こんなふうに自分の状態を変えられるのか!」と実感できるのは興味深い。
働き盛り世代の公衆衛生とストレス
MYALOをリリースした(株)Campus for Hは、実はWebやスマホアプリの制作会社ではない。公衆衛生の推進を目的としたベンチャー企業なのだ。
「私はP&G Japanのマーケティング部門で働いていましたが、先輩に誘われて、公衆衛生推進のベンチャー企業である(株)キャンサースキャンの立ち上げに参画しました。地方自治体とタッグを組み、がん検診の受診率をマーケティング的な側面から向上させるといった業務が主な事業です。Campus for Hは、(がん検診の対象よりも)社会人世代の健康づくり・生産性向上を目的に立ち上げられた会社です」
マインドフルネスへの関心は、米倉氏が転職後に学んだ米国のビジネススクール時代の体験がもとになっているという。
「米国のテレビは、驚くほど抗うつ薬や精神安定剤のコマーシャルが多いんです。日本のスマホゲームのCMに匹敵するくらい。薬の処方量も、日本とは比較にならないほど多いんです」
いわばストレス先進国とも言える米国で、新しいスタイルの瞑想——マインドフルネスが脚光を浴びていることに興味を持った。薬や病院に頼らずストレスと向き合えるようになれば、現役世代のさまざまな病気を防ぐ鍵になり得るのではないかと考えたのだ。
「2013年に帰国しましたが、その頃、Googleがマインドフルネスに基づいて開発した社内研修プログラム『Search Inside Yourself(SIY)』が話題になっていました。ビジネスリーダーを育成する企業研修として確立されたのです。私たちが具体的な検討に入ったのは2014年の夏で、まずは科学的な裏付けの確認からはじめました。『どんなメカニズムであると理解されているのか』『どのような分野で応用されているのか』『具体的に、どのような効果を上げているのか』といったことをレビューしました」
人の縁がプロジェクトを作る
調べてみると、瞑想が脳の特定部位を活性化させているという科学的なデータ、その働きが医学やスポーツのストレスマネジメントなどですでに応用されているといった事例、そしてストレスや痛みの軽減、集中力を高める効果が出ていることがわかった。
「マインドフルネスを高めるには、普段は意識しないような弱い刺激や呼吸動作に注意を向けるトレーニングをします。筋トレと同じで、続けていると段々と長い時間集中できるようになります。ストレスというのは常に強い刺激から影響を受けている状態なので、集中するものを意識的にコントロールできるようになると、ストレスとも上手に付き合えるようになります」
そこで、これをサービス化していこうということで、手軽に日常生活の中でトレーニングできるスマホアプリを前提としたMYALOのプロジェクトが本格的に動き出した。
コンテンツ制作にあたって米倉氏がビジネススクール時代の同級生に相談したところ、京都・春光院副住職の川上全龍氏を紹介された。川上氏は米国の大学を卒業し、京都で英語による座禅体験を提供する禅僧で、実はマインドフルネスについてもたくさんの知見を有している人物だった。さらに、川上氏からの紹介で、京都を拠点とするクリエイティブエージェンシーのワン・トゥ・テンホールディングスの澤邊芳明社長とも繋がった。
マインドフルネスを縦糸に、東京、米国、京都の人脈を横糸に、2015年1月には具体的なアプリ開発がスタートした。少し遅延があったものの、11月、晴れてリリースとなった。
人の生活習慣を変えるツール
「準備していた1年の間に、『マインドフルネス』という言葉が少しずつ市民権を得てきたように思います。米国では、ビジネスリーダーとして身に付けておくべき『スキル』とも言われることもあり、1,000~1,500億円の市場になると推測されています。日本でも企業のストレスチェック義務化にともなって、今後は『その問題をどう解消すべきか』といったことが顕在化してくるでしょう」
Campus for Hが目指しているのは、前述のように、薬や病院に頼らないで健康な生活を実現するベース作りだ。そして、「ストレスに対処できる」というベースのないところに、「健康になろう」「痩せよう」という施策を導入しても効果的な対策にならない。一方、生活習慣の改善には継続した取り組みが必要となる。その際、いつでも手にしているスマホは、生活習慣改善のツールとしてうってつけなのだ。
「企業を対象にストレスマネジメントの研修も提供していて、IT系などの急拡大した企業から多くのお問い合わせをいただいています。そうした研修の参加者が、マインドフルネスを習慣化するためのツールとしてMYALOを利用してもらえればと思っています」
今後は、メタボ予防などにもMYALOの知見を活かしていけそうだという。
「現在、国は総額3,000億円規模のメタボ対策を進めていますが、必ずしも十分な成果が上がっているとはいえません。したがって、その分野で、生活習慣を変える新しい取り組みを私たちが作れるのではないかと考えています。成功事例を作れれば、急速に肥満化が進んでいるアジア各国にも拡大していけます」
スマホは我々の生活に変革をもたらした。そして、コンテンツの力によって人の感じ方や生活習慣、健康そのものまで変える可能性が示されているのだ。どこまで行くのだろうか。