2018.08.29
ECサイト業界研究 Web Designing 2018年10月号
ECと人工知能 AIを使ったお客様と商品のマッチング
「世の中は知らないうちにAI化する」と言われていましたが、いまや現実となり、今後ますますAI化はスピードを増していきます。今回は米国で5月に行われたFacebookデベロッパーカンファレンスや6月に米国シカゴで開催された世界最大級のECイベント「IRCE2018」の情報をもとに、ECのAIにおける現状と今後についてご紹介します。
ECサイトに必要なデータ
現在に続く「AIブーム」の黎明期となる2000年代初頭、ECで役に立つAIとは、大量のデータをさばいて人間の代わりに答えを出す機械学習のシステムで、接客ツールやチャットボット、レコメンド、分析ツールあたりが考えられていました。そして、2016年頃から続々とそういったツールが登場してきたのですが、期待されるパフォーマンスを発揮できるものはあまりありませんでした。
というのも、結局、学習をさせるのは人間ですので、人間が登録していないキーワードが入ってくると対応が難しかったのです。そこへ、人間が自然に行うタスクをコンピュータに学習させる「ディープラーニング(深層学習)」が登場し、今につながっています。
しかし現在、日本はこの分野において世界から完全に出遅れているといっても過言ではありません。さらにECとAIは親和性が高いと思われているのですが、AIを開発している企業は現在、投資額の大きい金融業界へシフトしていますので、ECへの反映は遅れています。日本でもEC向けのさまざまなAIツールが登場してはいますが、2年たった現在でもまだまだの状態です。
突然ですがここで、お客様が商品やサービスを利用するそれぞれのタッチポイントや、購入やシェアまでのカスタマージャーニーから、ECとリアル店舗の違いを考えてみます。なぜなら、商品やサービスを購入するのは今のところ人間であり、AIスピーカーで購入するのもきっかけは人間です。将来的にはロボットや冷蔵庫が勝手に購入する可能性が高いので、現在とはかなり違うと思いますが、今は人間が最終意思決定して購入しているからです。
リアル店舗とECを比べて圧倒的に違うのは「空間」「一覧性」です。お店の雰囲気、目に飛び込んでくる商品や店員さん、鼻で感じるにおいや香り、衣服であれば生地の感触、お店の中でかかる音楽、試食で感じる甘さや辛さなど五感に迫るそのお店の文化は、ECサイトでいくら世界観を出したとしても勝てません。特に商品の一覧性は現在のECサイトのテクノロジーでは難しいでしょう。ECサイトはどうしてもモニターやスマホの画面以上には広がらないからです。
一方、ECがリアル店舗に勝る点には、検索やレコメンド、閲覧履歴、購入履歴といった仕組みがあります。ECサイトで購入されるには、お客様と商品やサービスのマッチングが非常に重要です。そのためには、お客様の情報と商品やサービスの情報がECサイトの仕組みに組み込まれていなければなりません。
とはいえ、お客様の情報は当然個人情報ですので、入力には多少なりとも抵抗感が生まれます。すると、何かしらのインセンティブが必要になります。例えば、ZOZOスーツや、米国シカゴで開催された世界最大のECイベント「IRCE2018」(01)のテクノロジーセッションで紹介されたボディ・マッピング(02)あたりは、テクノロジーに興味がある方がすぐに飛びつきそうなサービスです。
Amazonの「一覧性」課題解決
一方、Amazonは誕生日やサイズといった個人情報を取得していません。しかし、お客様にピッタリと薦めてくるレコメンドシステムは素晴らしいもので、ついつい「たくさん買ってしまった!」という方も多いと思います。Amazonはどうやって個人情報を取っているかというと、アクセスしている商品やレビュー、購入履歴などから個人のプロファイルを作成しています。
例えば、赤ちゃん用の紙おむつを購入してビールをケース単位で買っているのであれば、どんな個人なのかが類推できますし、同じ住所で他に購入されている商品を見ていけばどのような家族構成なのかもわかります。
Amazonは以前からこのように大量のデータを取得し、レコメンドシステムに載せています。このレコメンドをAI化して、商品ページや検索状態などのデータを見れば、いつ在庫を仕入れておけばいいかという需要予測も可能で、Amazonはすでにこれらを構築しているとみられます。
さらにAmazonは、自社開発のAIアシスタント「アレクサ」シリーズのひとつである「Echo Look」を2018年6月6日に米国で発売しました(03)。これは、今持っている服をユーザーが着てみて、今日のスケジュールや天気予報などとあわせて、そのスタイリングがよいかどうかを答えてくれる「AIスタイリスト」と言っていいでしょう。例えば、今着ている服は、「今日会う予定の人に以前会った時と同じ服だから別の服のほうがいい」とか、「その服だと少し寒いから1枚上に羽織るものを用意したほうがいい」といったアドバイスをしてくれます。
このEcho Lookは持っている服の着こなしアドバイスをするだけではなく、購入もオススメしてくれます。過去に購入したサイズなどからその人にあう服をオススメできるのです。Echo Lookは今持っている服を記憶しており、まさに「Amazonワードローブ」と言えます。そしてAmazonは各サイズだけでなく、肌の色やメガネを掛けているかどうか、髪の毛の色などの個人情報データを収集してスタイリング提案するのですが、それだけでなく、Amazonに蓄積されている「持っている」または「持つことになるであろう」服や靴、メガネなどの色や形などの情報も把握することになります。つまり、マッチング情報に必要なお客様の個人情報を質・量ともにかなりのレベルで保有することになるのです。
一方、「HOUZZ」という、リフォームに関する情報や家具、照明、観葉植物、キッチン用品などおしゃれなインテリアもお勧めしてくれるサービス(04)では、家の設計図とお客様の嗜好性をAIが把握し、条件にあったお勧め商品を選んでくれます。さらに、すでに活用されている設計図から起こした3DCGやAR(拡張現実)で商品を選べたりします。インテリアを設置した場合の雰囲気もサイトで確認できるのです(05)。一般的に、ECサイトで商品を表示するためには、例えば家具だと写真撮影が必要です。また、実際にはその部屋の雰囲気を演出したり、家具をどう置けばお客様に訴えることができるかなどを考えるためのクリエイティブやディレクションがかなり大変です。
そこで家具の仕様が3Dデータで供給されていれば、自分の部屋に置いたイメージがサイト上でわかることになります。
米国のホームファッションに特化したECサイト「Wayfair」(06)でも、取り扱い商品をすべて3D化し、その3Dデータと部屋の設計図データをもとに、そのお客様の志向に応じたおすすめ商品をピックアップする作業にAIを活用しています。
このようにAmazonやHOUZZのサービスは、これまでの課題だった商品の一覧性を「ECと部屋・ワードローブ」、「部屋の設計図と3D商品」といった別の切り口からのアプローチで解決しました。そこで生成、または取得したデータをAIを利用することにより、さらにお客様に役立つサービスとして提供しています。これはリアル店舗の「一覧性」というアドバンテージを埋めるためだけでなく、リアル店舗では実現できない新たなECの形が生まれる可能性を秘めていると言えます。
ECに必要なAIの姿
今回は、ECでAIを使ってお客様と商品やサービスをマッチングするという切り口で見てきました。商品やサービスの情報が完璧になれば接客ツールもチャットボットもさらに改善すると思われます。現在、私のところに相談が来ているのは、AIを使って生産や在庫をECに最適化したいという要望です。こういったメーカーの生産状態や在庫情報などをAI化して、さまざまなデータをさらにAIであわせれば、お客様にとって最適な商品やサービスを得ることができるということになります。
AmazonやHOUZZ、さらにIRCE2018やFacebookデベロッパーカンファレンス(07)などで語られている今後のAIにまつわる仕組みやシステムは、既存のECやリアル店舗に囚われない切り口で実現されています。接客ツールやチャットボットなどはどちらかというとこれまでのやり方をAIに踏襲させるという切り口ですが、お客様が購入する際の心理を捉え、その場面をAI化する切り口で考えれば、これからECに必要なAIが見えてきそうです。
Amazonなどは今、データドリブンからデータリードへと移行しています。つまり、取得できたデータを見て初めて行動するのではなく、必要なデータを取りに行くということです。それは従来からのパーソナライズによるお客様対応ではなく、明確な個人を対象としたインディビジュアルへと進んでいるためです。これをECで行うためには、もう人間の手ではほぼ不可能でしょう。
今後、ECというフィールドにおいての戦いは。「AIをどう使いこなすか」になってきそうです。