2018.07.09
行動デザイン塾 Web Designing 2018年8月号
インナーを突き動かすための行動デザイン
「人を動かす」設計の対象は外部の顧客だけではない。社内の人間(インナー)こそ、動かす工夫が必要だ。鍵を握るのが、人間誰もが持つ「メンタルモデル」への理解である。
人は、時々“間違える”
昨年ノーベル経済学賞を受賞したことで、行動経済学に注目が集まっている。「人は思いのほか合理的ではなく、感情で動く」説は今では当たり前に聞こえるが、行動経済学者がその説を提唱した1980年代には、まさにノーベル経済学賞級の発見だった(昨年同賞を受賞したリチャード・セイラー教授の先輩で、共同研究者でもあったダニエル・カーネマン教授が、心理学者として初めて2002年にノーベル経済学賞を受賞した。)。そうした人間的な本質を頭で理解した後でも、私たちはだいたい“合理的”に考えようとする。01のクイズは、“合理的”に考えるとAが一般的で、Bはレアだと思ってしまわないだろうか? だが正解は「②」(ほぼ同じ)。サンプル数がそれほど多くないケースでは、結果は必ずしもランダムにならないのだ。ルーレットでも赤が5回続いたら、そろそろ黒が来ると予測したくなるが、6回くらいの統計では黒が6回以上続くことは普通にありえる。
人は、自分の中に「こういう●●は、■■となるのが一般的だ」という“ステレオタイプ”を持っていて、それで物事を判断することが多い。行動経済学が発見したのは、そういう意識の“くせ(偏り)”だ。01の例は、多くの人が「男と女は半々の確率でランダムに生まれる」という知識をもとに“ランダムらしさ”というステレオタイプにとらわれると、“ランダムらしさ”が足りないBをレアケースだと判断してしまう。こういうステレオタイプは無数にあり、私たちの意識はステレオタイプの集合体ともいえる。
こうした強い思い込みの連結は「メンタルモデル」と呼ばれ、一人の人間の中だけでなく、社会も共有していることが多い。会社組織にも強いメンタルモデルがあり、特に過去に大きな成功体験を持つ企業ほど、その傾向が強い(02)。それが、次の成功の母にもなれば、「失敗の母」になることもある。
行動を変えると、インナーが変わる
メンタルモデルは非常に強固なので、外部環境が変化してもそう簡単には変えられない。それは本人や組織の長年の行動の結果として形成されるからで、過去に成功した企業が失敗する原因の一つはそこにある。逆に、そうしたメンタルモデルをうまく活用すれば、組織のパフォーマンスを上げることは可能だ。
筆者は、机の向きを変えるだけで人の意識と行動が変わるという事例を実際に体験した。その組織の部門長が行動力のある人で、会社の人事制度にはない「チームリーダー(TL)」という部長の下の職制をローカルルールで勝手につくってしまったのだ。座席のレイアウトを変えると(03)、チームリーダーたちは想定外のリーダーシップを発揮し、その部門の業績は飛躍的に向上した(正規の職制ではないので、給与・待遇は一般社員と同格)。人の行動は物理的な環境によって制約を受ける。行動を変えるには、まず環境を変えることが大事で、その結果、行動とセットで意識も変わる。これが「行動デザイン」の基本コンセプトだが、この事例はインナーの行動デザインで、机の向きに社員のメンタルモデルが隠れていたのだ。
また、自分の帰属コミュニティを優先するのも典型的なメンタルモデルだ。時々、47都道府県対抗型のマーケティング施策を目にする(04)。他地域(特に隣県)より優位でありたい感情にはあまり合理性はないが、実は意外と根強いものがある。03もしかり。隣のチームに負けたくないという競争意識が(給与などの金銭的インセンティブなしに)社員の行動を活性化したのが成功要因である。社員のメンタルモデルを理解し、上手に扱う発想が必要だ。