2017.03.28
解析ツールの読み方・活かし方 Web Designing 2017年4月号
課題解決のための“ユーザー体験最適化” 事例をもとにした施策とビジネスモデルの変化
「売上をUPしたい、集客したい」などの課題を投げられた時、事業によってはWebの施策ではどうにもならない事もある。Webサイトをつくるだけで課題解決に導くのではなく、課題の本質を見抜く視点を磨きつづけることで成果を上げた事例を紹介し、顧客の心理と向き合うきっかけとしてもらいたい。
その課題はサイトを作れば解決できる?
「Webサイトを作ったからといって課題を解決できるわけではない」
地方でWeb制作・コンサルティングを行う弊社にとって、クライアントにこの言葉を伝える場面が多くある。まるで自らの存在価値を否定するかのような言葉であるが、これが事実なのだから、クライアントに伝える必要があると考えている。
むしろ、地方においてはWebサイトよりも優先すべきことがあったりもする。もしくは、無料のSNSだけで解決してしまうこともある。「地方の農産物をブランディングしたい、PRしたい」という依頼があった場合、Webに携わる皆さんならどうアプローチをするだろうか。魅力が伝わるよう、美味しそうな写真を使用してWebサイトを作る。SNSを使って周知拡大する。その農産物名で検索上位を獲得するなど、色々と手段は考えられる。しかし、ブランディングとなるとそれらの「手段」だけでは事足りない。実際に、可能なかぎりの手段を講じてみたものの、いまいち成果が見られない…と悩むWeb担当者も多いのではないだろうか。
本稿は、「農産物や農業をブランディングせよ!」という単にWebサイトを作り、広報するだけではどうにもならないミッションにおいて成果を上げた実例である。
代替品多数な市場で農産物を指名買いさせる
農産物は、競合が多く差別化しづらい。そのため、農産物そのものだけを切り取って都会へ運びPRをしても、味や鮮度でしか評価されず、真の価値が伝わらないのでは、と考えた。流行りのオーガニックで栽培し付加価値を付ける方法も、品種によってはかなり難しい場合もある。
例えば、燕三条の信濃川流域では桃を栽培している農園が複数存在する。こだわりを持って栽培し、地元の多くの人たちに「美味しい」と称賛される桃だが、都内の高級百貨店に並べたらどうなるかを想像してみてほしい。
桃は燕三条だけではなく、山梨県や福島県などさまざまな産地がある。百貨店に並べられたさまざまな産地の桃のなかで、燕三条だけが唯一「美味しい」と評価されることがあるだろうか。残念ながら、他の産地の桃も美味しい。
つまり、農産物にとって「ずば抜けて美味しい」「ここにしかつくれない」という希少価値を高めることは非常に難しいことなのである。そこで、燕三条の農産物をブランディングをするために行ったのは、農園の理念・背景を理解してもらい、比較検討の土俵に乗ることなく「ここがいい! 燕三条がいい!」と思うファンを獲得する取り組みだっだ。
農産物の真の価値とは、その農産物が育てられる過程や背景にあると捉え、その土地のテロワールや生産者の想い・理念を理解してもらい、一番美味しい食べ方をすることで、伝わるものと考えた。そこで、ある生産者が言った「畑の朝ってすっごく気持ちがいいんだよね」という言葉からヒントを得て、消費者に普段立ち入ることのできない一般の農園の畑に来てもらい、土地の魅力と生産者の魅力に直接触れ合ってもらうリアルな体験イベントを企画した。それが、燕三条「畑の朝カフェ」である(01)。

新潟県燕三条地域の観光農園ではない普通の農園にて開催する、農作業体験とその農園で採れた農産物を使った朝食をカフェスタイルで味わってもらうイベント。2011年にスタートし、これまでに延べ30回程開催

地元の産業を支援する公益財団法人燕三条地場産センターが主幹する、燕三条プライドプロジェクト(燕三条のブランディングプロジェクト)の農業や食材のブランディングチームが行う。筆者はプロジェクトの広報担当役を担っている。また、イベント当日の運営は、ファンクラブ会員がボランティアとして手伝っているのも特徴

燕三条の農業は多品目産地であるがゆえに特徴が少なかった。しかしそれを逆手に捉え、「1万年前から美味しい作物が育つ約束された豊かな土地」であることを強みとして掲載している
Webでなく“リアルな体験”こそがファンになるポイント
先述したが、農産物は代替品がいくらでも手に入る。美味しいだけでは差別化できず、ファンをつくることは難しい。
しかし、農園で生産者から想いを聞くことで共感を生みだし、さらに自らの手で農作業を手伝うことで、農園や農産物への愛着を育んでいく。それこそが、この朝カフェというイベントの目的となった。結果、愛着を持つファンが増えることにより口コミが生まれ、イベントそのものと、農園へのファンを増やすことができた。

燕三条「畑の朝カフェ」のFacebookページやWebサイトには、人を中心とした写真を撮影し掲載している。被写体である参加者の表情を通じて朝カフェで過ごす豊かな時間を伝える

燕三条に本社のあるアウトドア用品ブランド「スノーピーク」製の朝カフェオリジナルロゴ入りタープとテーブルとイス(写真上)や、朝食提供の際に使用しているカトラリーはミシュランの三ツ星に輝いたレストラン 【ジョエル・ロブション×燕(enn)】ダブルネームの高級カトラリー(写真下)など、燕三条の工業製品に触れる機会も提供している
真の価値を理解してくれたファンは、それぞれのSNSで発信し、口コミが広がっていった(08)。

一眼レフなどのカメラを持参する参加者も多く、各々畑の美しさをファインダーにおさめ、SNSに投稿している
思わず投稿したくなる美しい風景と瑞々しい農産物が会場に広がっていることも、口コミが拡散するポイントとなったと考えている。
”リアルな体験”で感動し、感動で熱量のある投稿文とSNS映えする写真。SNSで拡散されるためのポイントが、実は畑の朝カフェには詰まっている。
記者会見、賞への応募… 認知拡大のための話題づくり
口コミに頼っているだけでは、拡大する速度は遅い。そのため、記者発表などをたびたび実施し、話題づくりを行った。地元となる新潟のニュースをきっかけに、全国放送の情報番組にも取り上げられ、朝カフェには全国から参加者が訪れるようになった。
また、2013年にはグッドデザイン賞にも応募し、「グッドデザイン・ベスト100」を受賞。このような経緯をきっかけに、さまざまな雑誌やテレビ番組で取り上げられるようになった。広告は一切打たずとも、全国から注目を集めることができた。
朝カフェにおけるSNSとWebサイトの役割
口コミを広げていくには情報発信の母艦となるWebサイトが必要だ。朝カフェはFacebookページを頻繁に更新しているが(06、07)、情報量が限られてしまう。

2011年から運用を開始。これまで広告等は一切使わず、ページへのいいね!リクエストも送ったことはない。現在のフォロワー数は1,900人ほどであるが、エンゲージメントの高いファンユーザーがいるため、投稿へのいいね!数は少なくてもリーチ数が伸びる傾向に

朝カフェFacebookページは、新着の開催情報を投稿するとファンがシェアをしてくれることが多い。この投稿も13件のシェアがあり、リーチ数が6,346人まで伸びた
メインターゲットの30~50代の女性は、Facebook利用者が比較的多いため、Facebookページの投稿をフックにWebサイトへ誘導する方法を選んでいる。
6年前から運用をはじめているFacebookページでは一度も広告を利用していない。しかし、ファンが個人アカウントでシェアをする割合が高いため、リーチ数が伸びる傾向にある。いいね!数は決して多くないのだが、リーチ数は伸び、サイト流入に繋がっていることが、継続して新規を獲得し続けている理由となっている。
ファンクラブとメルマガでコアなファンを育成
朝カフェは人気イベントとなり、抽選による当選者のみが参加可能な状況となった。なかなか参加できない、とファンの気持ちが冷める懸念があったため、ファンクラブをつくり(09)、先行予約という特典で気分を高めるための対策を行った。

現在ファンクラブ会員数は約650名。国内だけではなく、海外からも登録がある。メルマガ配信だけではなく、ファンクラブ会員限定のイベントも開催し、ファンとの蜜な交流の機会をつくっている
また、会員になるとメルマガで最新の開催情報が配信され(10)、限定ページが閲覧できる。メルマガをきっかけに朝カフェへの情報接触機会を増やし、「朝カフェが好き! 朝カフェに参加したい」といった気分を落とさないようにすることが、更なるファン獲得の肝となると考えている。

現在ファンクラブ会員数は約650名。国内だけではなく、海外からも登録がある。メルマガ配信だけではなく、ファンクラブ会員限定のイベントも開催し、ファンとの蜜な交流の機会をつくっている

朝カフェに参加してくれた子どもから送られてきたメッセージ。ひとつひとつの作物と真剣に向き合い、「美味しくなあれ」と大切に育てる生産者の心を受け止め、メッセージをくれた彼。心が通う、想いが伝わる瞬間が、私たち朝カフェに取り組む農家にとって何より嬉しい瞬間(写真はFacebookページの公式投稿より)
メルマガは、イベント開催時など特別な時にしか配信しない。それは、「待ってました!」と言わんばかりの開封したくなるワクワク感を維持するためである。さらに、当選者の発表は、あえてハガキの招待状を送っている(12)。これは招待状が届いた時の嬉しさをより長く保ち、開催当日までの日々を楽しみな気持ちのまま過ごしてもらうためである。そのため、常に目に触れる紙であるのがベストだと考えたからだ。

人気イベントとなり、毎回3~5倍の倍率での抽選となる。当選者のみにこの招待状を郵送し、メール等での当選案内は一切行っていない。招待状が届くまでのワクワクドキドキを楽しんでもらい、当選した嬉しさや気分の高まりをより感じてもらう仕掛けである
本質に目を向けることでヒントが見つかる
農産物を指名買いしてもらうには、その地域その農園でしか得られないリアルで強烈な体験をしてもらい、コアなファンをつくることが必要だと考え、このような取り組みを行うに至った。
「知名度を高めたい」「ブランディングしたい」といった顧客の抱える課題に対し、Webによるアプローチだけではどうにもならない場面は多々ある。そんな時には、その商品サービスの真の価値を理解してもらうためには何が必要なのか=“ユーザー体験最適化”という考えを持つことを選択肢に置いておきたい。言い換えれば、いったんWebから少し離れてみたうえで、その課題へのアプローチを考えてみてもらいたい。
Web担当者にとっては、Webサイト内での体験がすべて、という考えに落ち着きがちだが、ユーザーにしてみれば、Webサイトはひとつの手段でしかない。ユーザー体験とは、リアルな体験も含めてのことなのである。
Webサイトが問題のすべてを解決するとは限らない。有効なアプローチの選択は、もっとアナログで、もっとシンプルな方法なのかもしれないと着眼点を増やして、クライアントの課題解決に取り組んでみてはいかがだろうか。

- Text:安達里枝 (株)スマイルファーム 代表取締役
- 企画からサイト制作・運用・集客まわりをワンストップで提供。グロースハックの手法も取り入れながら、Webを軸とした事業成長の支援を行っている。近年では、小規模事業から上場企業、自治体・観光サイト等多様なジャンルのサイト解析を手掛けている。https://smile-farm.co.jp/

- Text:一般社団法人ウェブ解析士協会
- 事業の成果に導くWeb解析を学ぶ機会の創出、研究開発、関心を持つ人たちの交流促進、就業支援などで、Web解析を通じての産業振興やWeb解析の社会教育を推進する。