2016.02.29
モバイルビジネス最前線 Web Designing 2016年3月号
TimeTree:今さら共有カレンダー? その成功に見る「チーム文化醸成」というグロースハック 「何をやるかではなく、誰とやるのか」を体現したチーム力
本誌2016年1月号でも特集した「グロースハック」は、限られたリソースで、クリエイティブにサービスや製品を改善し、成長させる戦略のことだ。事業成長にチーム文化が大きく影響しているなら、文化を創る習慣やルールもハックと言っていいのではないだろうか。そんなことを考えさせられるチームの話を取材した。
誰もが使えるグループウェア
グループウェアは今やビジネスに不可欠なツールであり、中でも共有カレンダーは一度使うと手放せない機能だ。実際、その便利さをプライベートで活用している人も少なくない。家族の予定共有、サークル活動やボランティア活動、イベント準備、育児などで大いに活用されている。しかし、既存の共有カレンダーサービスが万人にとって使いやすいものだったかというと微妙だ。筆者にも、家族にお勧めしたものの、使い方の説明で苦労した経験がある。
「スマホ黎明期から手帳アプリは数多くあり、共有カレンダーの機能を持つものもありました。しかし、誰もが使うという視点で見ると、UIやUXが難しすぎるところも多いですよね。改善できることは、たくさんあると思っていました」(代表取締役 深川泰斗氏)
ビジネス以外のシーンでも使えて、グループウェア的な便利さを提供したいと開発されたアプリが「TimeTree」だ。大きな特徴は、共有グループ別に複数のカレンダーを持つことができ、ワンタップで切り替えできることだ。カレンダー上にチャット機能があるので、各イベントについて会話もできる。メールやLINEで予定調整をすると、やりとりがカレンダーと紐づかず、後から困ることがある。そうした問題を解決しているだけでなく、会話そのものが思い出コンテンツにもなる。
2015年3月にリリースされると、瞬く間に大ヒットアプリとなり、App Storeの「BEST OF 2015」を日本・韓国で受賞するなど、短期間で輝かしい成果を挙げている。「共有カレンダーのアプリに、こんな伸び代があったなんて」と感じる人もいるだろう。TimeTreeの成功には、どんな秘密があるのだろうか。
深川氏の妻のツイートが快進撃の起点に!?
TimeTreeを開発したJUBILEE WORKSは、メッセージサービス「カカオトーク」の運営元であるカカオジャパンのメンバー(Yahoo! JAPANからの出向社員を含む)5人が2014年秋に立ち上げたベンチャー企業だ。TimeTreeは、同社初、そして現在のところ唯一のプロダクトであると同時に、日本・韓国・中国のApp Storeでの受賞実績を持つ。相当な仕掛けがあったのだろうと想像するかもしれない。
「サービス開始は昨年の3月24日。プレスリリースを配信しましたが、まったくメディアには取り上げられませんでした」(深川氏)
大企業から独立起業し、半年にわたってメンバー全員で懸命に練り上げたサービスのお披露目が空振り‥‥。その落胆は想像に余りある。だが、落ち込む夫の様子を見かねて、深川氏の奥さんが投稿したツイートによって、事態は思わぬ展開を迎える(04)。
「妻のツイートが、リツイートされ、日に日に拡散していったんです。気がつくと、1週間で約1万のリツイートになっていました」(深川氏)
それに従って、アプリのダウンロード数もぐいぐい伸びた。
「リツイートだけでなく、バグ報告や改善要望コメントもあったので、すぐ公式アカウントからメンションを入れて対応し、端からチケット(改善要望リスト)化していきました。チケットは、すぐに300くらいになりましたね」(松田駿一氏)
「深川がユーザーへの返信などの対応を行い、それ以外のメンバーがチケットの整理とバグ潰しを担当しました。要望が多いものは、前倒して対応するしました。もう『祭り』の状態でしたね」(藤木裕介氏)
この顛末は新聞やWebメディアでも取り上げられ、TimeTreeの名を一気に有名にした。そして、ここからが彼らの本領発揮であった。
「おもてなし」が成長の原動力
Twitterで寄せられたユーザーの声には、一つひとつ個別の対応を心がけたという。
「ユーザーの回答にはテンプレートを使わないという方針にこだわりました」(深川氏)
多数の要望への対応をスプレッドシートにまとめ、開発マイルストーンとして公開するといった思い切った対応も実施した(05)。
また、受身の対応だけでなく、アプリ名で「エゴサーチ」をして見つけた困っているユーザーやQ&Aサイトで挙っていたTimeTreeの質問に、「公式です」と声をかけて問題解決するといったアクティブサポートも実施した。さらには、「共有カレンダー」などの関連キーワード検索結果で、TimeTreeとは関係がなくても前後の文脈から判断してふさわしいと思われるケースについては声をかけるといった活動も実施したという。地道だけれど、困っているユーザーにはうれしい「おもてなし」だ。
「ユーザーの熱量や感じ方は定量データにならないので、全員が寄せられた声に目を通しています。おもてなしについて特別な方針を掲げているわけではありませんが、そういう意識のメンバーが自然と集まっていますね」(深川氏)
「社内のSlack(業務用チャットサービス)に、エゴサーチの『いい結果だけ』を貼り付けるチャンネルがあります(06)。お褒めの言葉が見られるので人気です。元気をもらって仕事しています」(松田氏)
なるほど、そうやって目を通しているのか。
「社内メンバーどうしの助け合い、自主的な改善提案も活発です。韓国出身の開発者からの提案で、旧暦カレンダーに対応したことが韓国でのヒットにもつながりました」(深川氏)
ユーザーを厚くもてなして要望を聞いてプロダクトを改善し、よろこびの声を糧にさらに前に進む‥‥、この当たり前を一生懸命に続けた結果が成果につながったのだ。
独自の企業カルチャー醸成のヒミツ
では、こうした一生懸命さやチームワークの源泉は、どこにあるのだろうか? 価値観の共有やカルチャーが根っこにあるのではないかと感じた。そこで、何か取り組みをしていないかと聞いてみると‥‥驚くほどいろいろ挙がってきたので紹介したい。
●ニックネームでの会話
仕事中、メンバーはニックネームで呼びあう。肩書きや敬称をつけないのがルールだ。
「社長でも深川さんでもなく、私はFredと呼ばれています。時々本当の名前を忘れるくらい、ニックネームが定着しています」(深川氏)
●ユーザーとの対話機会
どんな使い方をしているのかや要望などを聞くユーザーインタビューを定期的に行っている(07)。また、昨年末からは月に1回程度の頻度で、お酒を飲みながら語りあうパーティを平日の夜に開催している(08)。
●社内ミーティング
全員が出席して、ボードの前にあぐら座になり、付箋片手に会社運営について話すミーティングを隔週で実施している(09)。
「続けたいこと、問題になっていること、挑戦したいことを付箋紙に書き出します。『KPT(Keep/Problem/Try)』と言われる手法です」(藤木氏)
このミーティングの発案者は開発者で、KPTは「アジャイルプロセス」という開発手法で使われる反省会のやり方だ。また、月に一度、仕事で話す機会が少ない人同士を対話させる「1on1ミーティング」も実施している。
このほか、靴を脱いで上がるオフィス(10)、19時以降はビールを飲んで仕事してもいい、毎週みんなで掃除をするなどのルールや習慣がある。
プロダクトの成長を支える企業カルチャーを醸成するこうした取り組みは、直接的ではないものの、パワフルなグロースハックと言えるだろう。JUBILEE WORKSの今後のさらなる成功が、その威力を証明するはずだ。