キリンが手がけた、広告を望まない商品ブランドコミュニケーション施策|WD ONLINE

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プロモーションの舞台裏 Web Designing 2015年12月号

キリンが手がけた、広告を望まない商品ブランドコミュニケーション施策

キリン(株)の「ハートランド」は、1986年にスタートしたビールブランド。ユニークなのはそのブランドポリシーで、「従来型の広告はけっして行わない」というものだ。この「SLICE OF HEARTLAND」もそのポリシーに則った施策だ。制作関係者に誕生の背景をうかがった。

SLICE OF HEARTLAND
□クライアント:キリン(株)
□代理店:(株)電通
□制作会社:(株)電通クリエーティブX、(株)ジェ・シー・スパーク、(株)マウント

30年築いたブランド観あっての施策

「SLICE OF HEARTLAND」は、キリン(株)のビールブランド「ハートランド」のための施策だ(01)。ハートランドを取り扱う国内100の飲食店へ、キリンが日ごろの感謝の気持ちを届けるために、この世に1枚しかないオリジナルポスターを制作。それらの工程や寄贈した店舗について、サイトやWeb動画で伝えている。キリン自らがアートプロジェクトと銘打つこの稀有な施策を理解するには、まずハートランドがキリンの中でも異彩を放つブランドであることを踏まえる必要がある。

「ハートランドは、かつて東京・六本木にあった“つた館”というビアホールのハウスビールとして生まれました。ビアホールにもかかわらず、アートイベントを行うような独特な場所として知られたつた館の精神を受け継ぎ、個性を追い求め育ってきたビールです」(キリン・田代美帆氏)

キリンでは唯一社名を冠せず、従来の広告路線とは一線を置くブランドとしてスタート。約30年の間、味、ボトルデザインなどのスペックを一切変えず存在感を高めてきた、知る人ぞ知るビールだ。限られた予算で効率的に結果を求められがちな昨今、しかも価格競争の激しいビール業界の常識に照らし合わせれば、いかに屹立したスタンスを貫きつづけてきたかがわかる。そのブランドの訴求が問われ、導き出されたのがこの施策なのだ。

 

01 「SLICE OF HEARTLAND」とは?
キリンビールの純国産ブランド「ハートランド」のためのアートプロジェクトで、構想から1年以上かけてつくられた(左)。ブランドシンボルである大樹(BIG TREE)を模した一本の木を真上から100分割し、それらの断面を描いたポスターを作成。その後、100の店舗にポスターを展示する(右)。成果物は、全ポスターデザインをアーカイブするWebサイト、メイキングムービー、飲食店に掲示された実物ポスターとなる

 

目的
・ハートランドビールを取り扱う販売店や愛飲者とのコミュニケーション強化
・5年、10年先を見越した、ハートランドブランドのゆるやかな醸成

成果
・ブランドを通じた販売店や愛飲者とのエンゲージメントがさらに深化
・記憶に残る印象深い訴求となったことで、飲食店から第二弾への期待が増大

 

ブランドの原点がかぎ取れること

2014年6月、プロジェクトがスタートした。

「社内でも“かっこいいよね”と言いたくなるブランドです。100年先になっても変わらぬ個性を発信する存在でありたい。もちろん企業活動として利益を出しながらです。まずは来年の30周年を前に、5年、10年先を見据えた施策に挑みたいと考えました」(キリン・田代氏)

ハートランドビールの瓶を見ても、キリンだとわかるロゴやマークはない。社名をオモテに出さず、広告らしい訴求を望まないブランドを、はたしてどうコミュニケーションすればいいのか?

「ファンとともに積み重ねた30年の歴史や個性に着目して、原点となるつた館が培ってきた精神に立ち返る企画なら、ファンも納得できるだろうと判断しました」(電通・小池宏史氏)

「つた館では、手焼きの1点もののポスターをつくり掲示していたそうです。そんな独特の姿勢を現代的にチューニングし、新たな1点もののオリジナルポスターをつくることを着想しました」(電通・窪田新氏)

そこで輪郭を現しはじめた企画の姿が、細密画ベースのポスター案だ。そしてそれを、愛飲者を生み育ててくれた飲料店(バー、レストランなど)に1枚ずつプレゼントしよう、と決めた(02)。
 

02 1枚ごとデザインが異なる細密画のポスター
ポスターのモデルは、レイ吉村氏がデザインを手がけたブランドマークにある一本の大樹(BIG TREE)。大樹を模した木の断面を100面用意して(A)、1面ずつ断面の細密画を手で描く(B)。それらの原画をデジタル処理し、複数回の印刷が伴う加工を施して、1枚ずつデザインが異なるハンドメイドポスターを制作した(C)。100店舗に1枚ずつ寄贈するとともに、各店舗内に掲示してもらった(D)

 

効果指標に縛られすぎない施策

このプロジェクトでは、Webサイトのトップ画面で次々と切り替わるポスターを堪能できるほか、制作の工程を感じ取れるムービーも用意。ポスターデザインのアーカイブや協力店の情報を掲載し、実際の店舗へと足を運べる情報を提供した(03)。

これら施策から感じ取れるのは、徹底的な緻密さだ。その実現を支えたのは、ブランドの本質を尊重し販売数やKPIといった効果指標に必ずしも重きを置かないことにゴーサインを出したキリンの英断と、その期待に応えた制作スタッフ陣の妥協を許さぬ手のかけ方にある。

ビールに注がれているクラフトマンシップを、世に出す施策に対して同様に注入しなければならない。そうした使命を、クライアントと現場スタッフとで共有すれば、通常の広告スケジュールの尺には当然収まらなくなる。それが許されたのも、幸運な背景だったといえる。

「当初は本気で取り扱い全店舗に向けて何かを贈る意気込みでした。冷静に考えれば現実的ではない考えですが、ハートランドを愛する方々には、それほどの思いを込めてこそ初めて納得していただけるのではないか。それもお渡しするものは、何よりもスペシャルなものを念頭に置いて取り組みました」(電通・小池氏)

 

03 サイトやWeb動画からうかがえる経緯
2015年9月、スタートから1年以上かけたプロジェクトが完成した。サイトでは、トップページで100のポスターが、曽我部恵一氏のサウンドにあわせてテンポよく映り出されていく(A、B)。それぞれのポスターは「ARTWORK」にアーカイブされているので(C)、気になるデザインのポスターをじっくり見ることも可能だ。また、ポスターが1枚ずつ根気づよく制作されていく工程(D、E)や、店舗に寄贈されるまで(F)を一気に体感できるメイキングムービーも用意されている

 

人々の記憶に残る世界を提供したい

そのお店にしか存在しないポスターは、CGでつくられた木の断面をベースに、手書きで原画を起こし、さらに加工を重ねて店舗のクレジットを刻印し、完成を見る。だが、手の込み方はポスターだけにとどまらない(04)。

「アートプロジェクトというと、つくり手が前面に出る印象を持たれがちですが、このプロジェクトは店舗交渉をはじめ現場で奮闘する全国の営業のみなさんがいらっしゃらなければ、成立しない施策です」(電通・窪田氏)

「ご協力をお願いする飲食店のみなさんにも、より適切に企画の全体像を理解していただきたく、店舗向けの専用ムービーも用意しました。制作途中の段階ではなかなかピンときづらい内容でもあるので、少しでもプロジェクトにかかわるみなさんの理解につながる準備を心がけました」(電通・小池氏)

9月にプロジェクトが公開した後、協力店からあらためて御礼の連絡や第二弾の要望が舞い込んできているという。そうした反応こそ、何よりの成果にほかならない。

「今は、じんわりと心に響きつづける広告が世に出づらい時代かもしれませんが、ハートランドは、記憶に残るような施策に挑んでいきたい。“かっこいいビールだよね”と、みなさんに感じ取っていただける機会をつくることが、ブランドの体現とともに、愛飲者が増えることにつながると信じています」(キリン・田代氏)

 

04 各店舗との折衝があってこその、1点もののポスター
100店舗それぞれには、その店のためだけのポスターが寄贈された。店舗で実際に張られた状態の写真(A)は、ポスターのシリアルナンバーとともに「RESTAURANT & BAR」で見ることができる(B)。「広告と呼ぶにはあまりに規格外なコミュニケーションなため、ハートランドの歴史に倣って、アートプロジェクトと呼ぶことにしました。そうした経緯からして口頭だけでは説明しにくいプロジェクトですので、ご協力いただく飲食店向けのムービーもつくりました(C)」(電通/小池宏史氏)
Interview with>>
左からキリン(株)でCSV本部デジタルマーケティング部に所属する田代美帆氏と、(株)電通でプランナーを務める小池宏史氏、同社アートディレクターの窪田新氏
 
 

掲載号

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